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- 天国へ続くカフェ――504号室の秘密
文月めぐさん

第144回時空モノガタリ文学賞【事件】にて、入賞をいただきました!拙い文章ではありますがよろしくお願いします。コメントもできるだけ書いていこうと思います。Twitter→@FuDuKi_MeGu
性別 | 女性 |
---|---|
将来の夢 | 作家 |
座右の銘 | 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。 |
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「4」という数字がつくだけで縁起が悪いと思われてしまう。そういう理由で私が店を開いているこの504号室も家賃が他の部屋と比べて安くなっている。おそらく他の階の「4」がつく部屋もそうなっているのだろう。
五階建てのマンションの一部屋を借りて営んでいるこの「ブックカフェ・アダージョ504」はお客さんが十人も入ればそれでいっぱいになってしまう。しかし、一人で営む店だから、それが限度だ。
チリンと玄関にぶら下げているベルが音を立てて、お客さんが来たことがわかった。今日は今村さんが来ると言っていたから、彼かもしれない。常連客であれば気が楽だ。「いらっしゃいませ」とにこやかに微笑んだ先にいたのは、見慣れない若い女性客だった。
きょろきょろと辺りを見回しながら、テーブル席に一人で腰かけた。壁には一面、亡くなった友人が好きだった書籍がずらりと並んでいる。ここに来る者は皆本好きだ。彼女もコーヒーを飲みながら読む本を探しているのだろう。
椅子に座った女性客に、静かに水を差しだす。彼女は「カフェオレとベイクドチーズケーキをお願いします」と思ったよりも低い声で告げた。なんだか、変わった雰囲気のお客さんだ。どこが変わっているのかと聞かれれば返答に困るが、独特のオーラを放っている気がする。それは、どことなく人を寄せ付けないオーラだと感じた。
注文されたカフェオレはボタニカル柄のマグカップに、ベイクドチーズケーキは四角い皿に入れてキャラメルソースをかける。トレイにそれらを乗せて、再び彼女の元へ向かう。
「見えていないんですね」
あまりにも唐突なその言葉は一瞬、自分に向けて放たれたものだとはわからなかった。しかし、この空間には私と目の前の女性客しかいない。どうやら彼女が、私に話しかけたらしい。
しかし、文脈が全く見えてこない。私は「失礼ですが」と彼女に疑問を投げかけようとした。それよりも一瞬早く口を開いたのは女性客だった。
「三村智也さんとおっしゃるんですね、亡くなった方。お友達だったようですね」
女性客は相変わらずの無表情。しかし、私は雷に打たれたような衝撃があった。
三村智也は、確かに私の友人だった。このブックカフェを一緒に開こうと二人であれこれと話し合った。しかし、開店を数日後に控えたある日、事故に遭って亡くなってしまったのだ。
「三村智也さん、いますよ。たぶんずっといたんだと思います。カウンター席に座っていますよ」
いや、こんな怪しい人の言葉を簡単に信じてたまるか。しかし、嘘ならなぜ、彼女は三村のことを知っているのだろうか。
「4がつく部屋って昔から嫌われてますよね。病院でも4と9の部屋はないこともあります。それって語呂合わせってわけではなくて、本当にとってとどまりやすい場所になってしまうんですよ」
はあ、と私は気の抜けた返事しかできない。
「この部屋にも三村さんの霊がいます。だけど、霊って人間が考えるより怖いものじゃないんです。霊に助けられることもいっぱいあります。きっと三村さんの霊魂はあなたを助けてくれますよ」
にわかには信じられない話を、彼女は淡々と語る。私はどうしていいのか分からず、その場に立ち尽くしていた。
「このマンション、五階までですよね。最上階って霊にとって、天国に一番近い住みやすい場所なんですよ」
そこまで言うと、彼女は、もう言うことはすべて言い切った、と言わんばかりにコーヒーカップを持ち上げた。
戸惑いを隠すことができない私が「あの……」と再び口を開いた時、「三村さんは」女性客に遮られた。
「三村さんはカフェオレがお好きだったようですね」
その言葉に私は黙ってうなずいた。確かに三村が好きだったのはブラックコーヒーよりも甘いカフェオレだった。
「淹れてあげてください、彼にも。カウンターに準備してあげるときっと喜びます」
三村にコーヒーを淹れてあげることができる。私はそのことがなんだか嬉しくて、素直に「はい」と返事をした。
私がコーヒーを準備し終えると、いつの間にか女性客はいなくなっていた。お代はテーブルの上に律儀に置いてあった。
彼女はいったい何だったんだろう。私は狐につままれたような気分になった。しかし、彼女の言ったように、カウンターにコーヒーカップを置いてみた。三村にコーヒーを飲んでもらえたら、それは嬉しいことだ。
私が女性客の使った食器を片付けていると、カウンター席の方から、かちゃりと食器が触れ合う音がかすかに聞こえた。