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吉岡幸一さん

性別 男性
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お勧めの事故物件

18/12/20 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:1件 吉岡幸一 閲覧数:138

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「それなら、半年間家賃無料の物件があります。お安いマンションをお探しでしたらお勧めですけど」
 男の希望を聞いた不動産屋は即座に高級マンションの五〇四号室を提案した。
 毎日夜中まで働いていた男にとって家とは寝に帰るだけの場所であった。家に金をかけるなんて無駄だと思っていた。会社に近く、セキュリティもしっかりしていて、静かに眠れて、家賃も安い、そういった物件を探して不動産屋を訪れていた。
 事故物件という言葉が頭をよぎった。高級マンションの家賃が半年間タダなんてことは普通ではありえない。
「実はこの部屋で亡くなられた方がいまして、なかなか借り手がつかないもので、半年間家賃無料のサービスをつけさせていただいた次第でして」
「自殺ですか。もしかして殺人とか」
「警察では餓死といっていましたが、はっきりとしたことはわからないままでして」
 不動産屋は隠し事をしているようではなかった。知っていることを正直に話してくれている感じだった。
 男は内見をすることもなく即座に借りることにした。迷うことなんてなかった。餓死であれ、自殺であれ、他殺であれ、溺死であれ、男は気にしなかった。高級マンションに半年間タダで住める。それだけでここに決める理由は充分であった。

 男が引っ越して来たマンションは二十四階建てマンションの五階角部屋四号室だった。二LDKという間取りだったが、Lの部分だけでも三十uはありかなり広かった。窓からの眺めも良く、駅へも徒歩五分と申し分なかった。
 十uはある寝室にベッドを置いて、後は着替えと家電製品、必要最低限の荷物しかなかったので部屋はスカスカの状態だった。寝るだけなのだから気にしない。それに餓死者がでたような雰囲気はまるで残っていなかった。ところどころ濡れてできた染みのような跡があったが、それ以外は新築同様の綺麗さで、前の住人の痕跡はきれいになくなっていた。
 引っ越し初日の夜からそれは始まった。ベッドに入って寝ていると、ポコポコとどこからともなくわき水が溢れるような音がしてきた。耳を澄ませていると、水かさが増すような音が聞え、しっとりと空気も濡れてきて、体が濡れてくるのがわかった。
 水漏れかもしれない。風呂の湯をとめ忘れたのかも。そう思って体を起こすと、体は水の上に浮かんだ。気がつくと部屋中は水で満たされていて、天井まで後五十センチのところでとまった。
 大変なことになってしまった。下の部屋にも水は漏れているだろうし、迷惑をかけてしまったに違いない。
 男は水に潜ると寝室を出て風呂まで泳いでいった。しかし風呂の元栓はきちんと閉めてあった。リビングに泳いでいって水道を確認したが、ここもしっかりと蛇口は閉められていた。
 なぜだろう。魚が泳いでいるではないか。熱帯魚だろうか。どの魚も色鮮やかだ。小さな群れた魚、悠々と泳ぐ大きな魚、亀も海老も蟹もいる。海藻もゆれている。まるで月の光を受けたように水のなかに光が差し込んでいる。
 水面に浮かび上がり天井を見ると、いつの間にか満点の星空になっていた。幾千もの星が頭上いっぱいに輝き瞬いている。
 男は自分のおかれた状況を忘れたように天井の星を見あげ続けた。水を舐めてみたが、海水のように塩辛くない。きれいな真水だ。
 夢をみているに違いない。すこしばかりリアリティのある夢というだけだ。現実にこんなことが起こるわけはないだろう。
 そう考えた男は、うっとりとしながら漂いつづけた。体中から水分が抜け出て、周りの水と一帯になっていく気がする。まるで時間の経過しない永遠の世界にいるようで、体の全てが水の中に絞り出されていくようだった。

 不動産屋は格安のマンションを探しているという女に自信たっぷりに空き部屋を紹介していた。
「こちらの高級マンションの五〇四号室がただいま空いております。住んでいただけるようなら半年間無料で構いません。ええ、半年後のお家賃もこの辺の相場の半分ほどです。これほど格安な物件は他にはないと思いますがいかがですか」
 女は警戒感をあらわにして不動産屋の顔を覗き込んだ。
「ご想像の通り、こちらは事故物件です。前に住まれていた方は餓死されているのを部屋で発見されたのです。体中から水分が抜け出て、砂漠のミイラのようにカラカラになって干からびた状態だったそうです。自殺や殺人ではありません。ちゃんと水分と食事を取られて餓死されないように気をつけてさえいただければ」
 女は殺人や自殺でないのなら大丈夫だと思ったようで格安の物件に飛びついた。食品が買えないほど貧していないので餓死する心配もなかった。
「契約します」
「ありがとうございます。ぜひ、長くお暮らしください」
 企業倫理に則り正直に告知義務をはたした不動産屋は、契約書をひろげ、満足そうに五〇四号室の鍵を女に渡した。


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このストーリーに関するコメント

18/12/23 イト=サム・キニー

拝読しました。
ほどよいマイナス情報はかえって消費者を安心させるそうですが、まさにそのとおりの作品でした。餓死は怖いですが、『毎日夜中まで働いていた男』にとっては不思議な部屋で水面に漂うような気分は安心感のあるものだったかもしれませんね。
特級の曰く付き物件ですが、どうして不動産屋さんは熱心に勧めるのでしょうか。
読ませていただいてありがとうございました。

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