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入江弥彦さん

入江です。狐がすきです。コンコン。 Twitter:@ir__yahiko

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シシャモの帰る部屋

18/12/20 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:2件 入江弥彦 閲覧数:302

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 部屋番号は504がいいの。そんな意見を尊重してくれる主人はいい人だと思う。もしかすると、私が何かを主張するのが珍しかったからかもしれない。
「504号室に何か思い入れでもあるの?」
 興味津々と言った様子で私に問いかける主人にコーヒーを用意して正面に座る。
「あのね、シシャモが帰ってくるかもしれないから」
 昔のペットか何かなの、と首を傾げる彼を見て私は目を細めた。


 シシャモが我が家にやってきたのは、私が幼稚園に入ってすぐのことだった。共働きの両親をよく思っていない祖母が送ってきたのだという。人間の子供と同じくらいの大きさで、ずんぐりとした丸太みたいなボディに小さな頭が付いている。その頭には四つの穴みたいなライトがあって、チカチカと光っていた。
「あなたの新しい友達よ」
 取り繕った笑顔の裏には、幼稚園生の私でもわかるくらいの嫌悪感が滲んでいた。母は友達と言ったけれど、残念なことにそれは子守りロボットで友達とは程遠い存在だった。
「ねえ、名前は?」
 子供部屋にロボットと二人にされて少し泣きそうになったけれど、母のうんざりした顔が思い浮かんでそれをぐっとこらえた。ロボットに話しかけてみても、彼は何も答えない。会話機能が付いていない一番安い型だというのは、両親の話を盗み聞きして後から知ったことである。お義母さんもどうせならいいものを送ってくれればいいのにと母が大きなため息を吐いていた。
 子守りロボットはその日の夕飯にちなんでシシャモと名付けられた。
 安い型のシシャモはただ私の行動を監視するだけだった。会話もできないし、一緒に遊ぶこともできない。けれども夜には隣にいてくれるし、寂しいときに抱き着いても文句を言わない。私が小学校に上がると両親はますます忙しくなって、喧嘩をすることも増えたけれど、シシャモがいれば平気だった。そばにいてくれるというのは、私にとって他の何にも代えられないことだった。
 安い型だといっても、もちろん子守りロボットとしての機能はある。シシャモがその力を発揮するのは外出の時で、私が一人で出歩くと必ず後ろについてきた。他の人が最新式のスマートなロボットを連れていてもシシャモが一番素敵に見えた。シシャモは私の位置情報を両親に送って、設定された時間を過ぎると帰りを促す。
「帰る時間です」
 シシャモに搭載された唯一の音声を聞くために門限を破ったことが何度かある。一緒に帰ろうと言われているみたいで嬉しかったからだ。
 マンションまでの道を先導してくれるシシャモだったが、そこはさすが安い型だ。正確に家に帰れることは少なかったので、私が先を歩くようにしていた。部屋は数字で覚えているらしい。一度玄関の番号を隠したことがあるのだけれど混乱した様子を見せていた。隣のマンションの504号室に連れていかれたこともある。
 そんなシシャモを廃棄しようとしている両親の話を聞いたのは、私が小学校三年生になった時だったと思う。
 邪魔だとか、使えないとか、もういらないとか、来年にはバラそうだとか、好き勝手なことを母が言っていた。父は業者に連絡するとだけ言ってその会話を切り上げる。たしかに、シシャモができてからかなりの年月が経っている。最新のロボットのほうが機能はいいだろうし、安い型だから余計にそれは顕著なはずだ。頭で理解していても体中の血液が沸騰したみたいにふつふつとしたものが沸いていた。
「ねえ、アンタ解体されちゃうんだって」
 シシャモは答えることをせずに、頭についた四つのライトを点滅させた。
「一緒に逃げちゃおっか」
 二人が別々の部屋に入って寝静まってから、私は行動を開始した。玄関を出て走り出すと、シシャモが警告を発しながらついてくる。追いつかれてもシシャモに連れ戻す機能はない。走るのをやめて歩くと、シシャモと散歩している気分になった。
 でも、すぐに足音が近づいて来て、私を抱き上げた。
「このポンコツ! 娘を連れ出すなんて!」
温厚な父がシシャモに怒鳴っていた。
「だから不良品だって言ったじゃないの。来年と言わず来週にでも持ってってもらいましょ」
 父の腕の中で暴れていると、頬を叩かれた。どうして私の場所がわかったのだろうと考えてすぐに、シシャモが子守りロボットとしての機能を果たしたのだと分かった。私のせいで、彼の寿命が縮まってしまった。罪悪感で泣きだすと、突然シシャモの警告が止んでうちと反対に歩き出した。父に抱きかかえられていたせいで追いかけることはできなかった。
 安い型だから、家の場所を間違えたのだろう。


 おばかな友達はきっと、今も家を探しているはずだ。
「あのマンションと間違えてここに来ちゃうよ」
「それなら、標識に大きな部屋番号をつけようか」
 私の話を聞いた主人が、そういって出かける準備を始めた。


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このストーリーに関するコメント

18/12/23 イト=サム・キニー

拝読しました。
『シシャモに搭載された唯一の音声を聞くために門限を破ったことが何度かある』という箇所が素敵でした。彷徨い続ける子守ロボットを迎えたいと願う主人公と、それに応じるご主人の優しさが滲む暖かい作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

18/12/24 待井小雨

拝読させていただきました。
シシャモを大事に思っていた主人公の気持ちを、笑うでもなく「どこかで壊れてるよ」と突き放すでもなく受け入れてくれるだんなさんの言葉が素敵です。
もし今本当にシシャモが帰ってきたら、あの頃のように疎まれることもなく迎え入れられて一緒に暮らせるんだろうな、と思いました。

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