hayakawaさん

大学院生です。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 能ある鷹は爪を隠す。

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部屋

18/12/18 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:1件 hayakawa 閲覧数:107

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 圭介は春香のお見舞いに来ていた。彼女は重篤な病を抱えている。それでこの間、余命宣告をされたらしい。
 病室の中で、圭介は椅子に座り、春香の横たわるベッドを眺める。
「ねえ、春香。死ぬ前に何がしたい?」
「私はもうしたいことはないわ」
 春香はそう言って涙を流す。
「海を見たりとかさ、海外に行ったりとか。確か春香はまだ海外に行ったことがなかったろ」
 圭介はぼんやりと春香のことを眺めながら言った。
「私は何かこの世界に自分が生きた証拠を残したいなんて」
「そうなの?」
「嘘よ」
 春香は笑う。
「じゃあ、何かしたいことは?」
「そうね。死んだ後になるけど、圭介とまた会いたいな」
「僕と?」
「そう。圭介と」
 圭介は窓の外の景色を眺めた。ビルが並び、街灯の明かりが見える。公園の木の葉が道路を覆い隠していた。
 面会時間の終わりはもうじき迫っていた。圭介は病室を後にする。
「じゃあ、また。来週も来るよ」
「そうね。私の家族も圭介に会いたがっているから」
「そうなんだ」
 圭介は気恥ずかしさで苦笑いした。
 帰り道を歩いていた。鳥が空を飛んでいた。春香と出会ったのは高校生の頃だった。今はお互いに大学生だったが、春香は大学をもう辞めてしまった。
 週末に圭介は一人暮らしの部屋でウイスキーを飲んでいた。なんだかいつもより酔いが体に回るのが早い。それで意識は朦朧としていた。
 ピンポーンとインターホンが鳴る音がした。圭介は曖昧な意識のまま、玄関の扉を開けた。
「504号室よね」
 そこにいたのは春香だった。真っ白なワンピースを着ていた。
「寒くないの? 病院抜け出してきて大丈夫?」
 季節は秋で、玄関から冷たい風が入ってくる。
「私、もう死んだのよ」
「死んだって、生きてるじゃないか」
「死んだら会いに来るって行ったでしょ」
「冗談だろ」
 圭介は春香が亡くなったか病院に問い合わせようとしたが、春香がそれを止めた。
「ねえ、最後くらい二人で昔みたいに過ごしましょ」
 春香の手には赤のワインボトルが茶色の紙袋の中に入っている。
「飲むの? それ」
「うん」
 春香と圭介は部屋のリビングでワインのボトルを開けた。圭介はさらに酔いが体に回ってきた。
「私たちが出会った頃の話をしましょ」
 春香は圭介の目を見て言った。
「確かあの頃は春香が僕に話しかけてきたんだ。修学旅行で同じ班になったから」
「そうそう。綺麗な海を二人で見たよね」
「それからさ、友達とみんなで女子の部屋に行って徹夜でトランプをした」
「楽しかったね」
「それから」
 圭介の脳内に春香と過ごした記憶がとめどなくよみがえってくる。
「ごめん、ちょっとトイレに」
 圭介はトイレの中に入り、そこで涙を流した。あんなに好きだった春香が死んでしまうなんて考えられなかったのだ。
 涙は流れつづけた。
 トイレの扉の前から春香の声がする。
「ねえ、吐いてるの?」
「いやちょっと」
「出てきなさいよ」
 春香はトイレの扉を開けた。圭介は思わず目を隠した。
「春香が死んでしまうなんて考えたくなかった。だから僕はずっと感情を抑えていたのに」
「ねえ、私はもう死んだのよ」
「そんなこと信じられるわけないだろ」
「じゃあ、証拠を見せてあげる。でもその前に言わせて。圭介と過ごしてきた時間はとても幸せだった」
 春香はそう言って煙のように姿を消した。圭介は酒に酔った曖昧な意識のまま、リビングに戻る。そしてそのまま意識を失った。
 次の日、病院に行くと、春香は亡くなっていた。圭介は誰もいない病室の中でただ茫然としながら窓の外の景色を眺めた。朝の太陽が眩しく世界を照らしている。春香のいなくなった世界はなんだかとても憂鬱だった。病室には春香が死ぬ前に残していた服や本なんかがそのままになって置かれていた。


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このストーリーに関するコメント

18/12/19 イト=サム・キニー

拝読しました。
トイレをこじ開けてでも別れを告げる彼女の勇ましさというか、決めたことをやり抜く真っ直ぐさが際立った作品でした。
読ませていただいてありがとうございました。

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