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たまさん

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沈む部屋

18/12/13 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:3件 たま 閲覧数:264

時空モノガタリからの選評

確かに小説を書くという行為は心の中の深い部分に潜っていく作業ではあるのかもしれません。徐々に深海に浸食されていき現実と虚構の境目が曖昧になっていくかのような世界観が面白くもあり、少し恐ろしくもありました。地下五階という設定も独自性がありますね。読んでいるこちらもまるで青白い閉鎖的な世界に引き込まれるようでした。

時空モノガタリK

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 ドーム型の背のひくい建物だった。
 どう見ても、マンションには見えなかった。巻き貝の殻の口のような入り口を入ると、建物の円周に沿った青い絨毯貼りの廊下があって、そこを過ぎると、だだっ広い円形のホールに出た。どうやらここがマンションのエントランスで、ホールの中央には直径10メートル余りの穴があった。なだらかな螺旋階段が地下に向かって延びている。

「エレベーターはありませんので……」
 頭髪の薄くなった管理人を見下ろしながら、木製の上品な手すりがついた階段を降りていく。
「何階まであるの?」
「5階までありますが、いま空いてるのは504号室だけでして……」
 各階には4部屋あるという。ということは504号室がどん詰まりということだ。
 螺旋階段の底に着くと、円形の壁の四方に墜道のような穴が四つあって、その奥にドアが見えた。
「吉岡です」
 眼の高さに504と刻印されたドアに向かって管理人が声を掛けるとドアはすっと開いた。音声を認識する自動ドアらしい。
 一見なんの変哲もない室内はけっこう快適そうだった。
 夏は涼しくて冬は暖かいというから、エアコンの冷房が苦手な私には好ましい環境だったし、リビングの中央には、床から天井まで延びた太い柱のような水槽があって、リビングの灯りをうす暗くするとまるで水族館にいるようで気が緩んだ。
「オーナーの趣味でして各部屋に水槽があります……」
 青い水槽を覗くと魚体のあちこちが発光している不思議な魚ばかりだった。
「なにこれ?」
「深海魚です」
 なるほど、地下5階は深海か……そうおもった。

 村上は私の商売仲間だった。つい先々月までこのマンションの2階に住んでいた。
「いいとこだよ、筆が進む。小説はさあ、地下で書くべきだよな……」
 そういって村上は私に入居を勧めた。ここ数年思うように筆が進まなかった私には耳寄りな話しだった。家賃は6万円。格安だった。家内は不健康そうだからといって反対したが、私は仕事場にするつもりで借りることにした。
 不思議と筆が進んだ。2年ぶりに書き下ろした作品は直木賞候補になったし、調子に乗って月刊誌の連載をふたつも引き受けたから、自宅にはめったに帰ることができなくなった。

 昨夜も徹夜だった。といっても、この部屋には夜も昼もないから時計を見て判断するしかないが。地上には陽が差しているだろうか。締め切り日だけが記されたカレンダーを見ると6月だった。爽やかな初夏だ。
 いつものようにシャワーを浴びて一眠りしようとおもった。お湯は温めにして20分ほど浴びる。ちょっぴり塩辛くて磯の香りがした。海水だったかもしれない。残り湯を張ったままのバスタブには青白く発光する深海魚が数尾泳いでいる。どこから来たのだろうか。蛇口? かもしれなかった。キッチンの流しの隅で死んでるやつを時々見かけたし、水槽の回りの床が濡れていることもあったが、私はあまり気にしなかった。

 ベッドに潜り込むとリビングの固定電話が鳴った。スマホは圏外だったからここでは使えない。
「どう調子は……?」
 村上だった。
「うん、いいよ。ゆうべは30枚ほど書いたかな……」
「いや、そうじゃなくてさ……体調だよ。奥さん心配してたよ。顔色がすごく悪くなったって」
 たしかに肌は透けるほど白くなったけど、それは日焼けしなくなっただけで体調は悪くなかった。
「それでさ、もう3年もいるだろ? ぼちぼち上がって来なよ」
「どうして?」
「ちょっと心配なんだよな、最近のお前の小説……」
「どこが?」
「退廃すぎるよ。取り残されてしまうぞ、世間からさ。マニアックな読者のためにだけ書いちゃだめだよ」
「それはわかるけどさ、いまさら地上に戻るわけにはいかないよ」
 深海の作家。それがいまの私の売り文句だったし、毛髪の先っぽや、指の爪が青白く光り始めたのも事実で、まるで文体が怪しく発光しているようだ……という批評さえあった。
 私は十分に満足していた。このまま深海魚になってしまったとしても後悔はしないとおもった。

 5年が過ぎた。
「吉岡です」
 ドアが開いて管理人が入ってきた。
「先生、今日の食事はミツクリザメの腹わたですよ」
 水槽のなかの私に管理人が声を掛けるが、私は忙しくて食事どころではなかった。
 昨夜も徹夜だった。
 ずっと、ずっと、眠っていない。
 リビングの灯りさえ、もう見えなかった。青白く発光する指先だけを頼りに筆を走らせた。
 管理人は、締め切り日のないカレンダーにこびりついた死骸をひとつつまんで、食事を運んだトレイに置くと、何気なく部屋を出て行った。





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このストーリーに関するコメント

18/12/13 再帰樹海

こんにちわ。
地下5階のマンションに深海魚・なかなかタイムリーな設定ですね^−^。
脂ののったミツクリザメって旨いんでしょうか・食ってみたいです。

18/12/13 イト=サム・キニー

拝読しました。
地下5階の4号室という設定が今コンテストでは新鮮でした。深海、というには浅い深さでありながら、人間はこの程度の深さにも耐えられないのだと思うと妙にリアリティがあり興味深かったです。
個人的にはそのリアルさが活かされた結末を読んでみたいと感じました。読ませていただいてありがとうございました。

18/12/14 たま

再帰樹海さま、コメントをありがとうございます。

あらまっ、レタスさんでしたか。お久しぶりです^^
ミツクリザメって深海のサメなんですが、すごくグロテスクですよね。
テングザメともいうそうですが、ということは漁師さんの網に掛かることもあるのでしょう。
ひょっとして、けっこう珍味かもね^^


すみもてわたるさま、コメントをありがとうございます。

意識はしなかったのですが、ホラー小説になってしまいました^^
設定はちょっとひねってみました。
たしかに地下5階は浅いとおもいますけど、なるほど、人間ってそんなものですね。
丁寧にお読み頂いて、ありがとうございます♪

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