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浅月庵さん

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頭のおかしい腐った蜜柑

18/12/04 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:157

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 ◇
 冬場になると昔よく、母親が送ってくれた蜜柑のことを思いだす。
 そして今の俺のこの状況と重ね合わせて、まるでここは腐った蜜柑しか存在しないダンボール箱のなかだ、と思ってしまう。

 ◇
 朝目が覚めると、口元が鉄製のマスクで覆われており、俺はまた“あの日”がきたことを瞬時に理解する。

 マスクは首の後ろまで回りこみ、鍵がかけられているので人力で取り外すことは不可能。口元の部分には丸形のガラスが嵌めこまれているので、俺は急いで鏡を手にし、ベロをだすと舌上に「203」と数字が書かれているのを確認する。
 俺はなるべくそのナンバーを舐めとらぬよう注意を払うと、作業着を身に纏い、包丁を持って自分の部屋を飛びだした。

 俺は階段を降りて203号室に向かい、躊躇なく合鍵を使って扉を開ける。無精髭を生やした40代半ばのこの部屋の主が、布団の上で半身を起こす。奴は見知らぬ男の突然の来訪に驚く前に、俺の打ち下ろしの右拳を食らう。まともにパンチを受けて再び布団に体を投げだした男の腹の上に俺は自身の体重を乗せると、そのままマウントをとって右左と顔面を殴り続けた。
「おま、いぃったい、誰なんだよ!」
 男の質問に俺は答えない。別に俺が誰だって構わないだろう。
「急に人ン家上がりこんできて、お前頭おかしいんじゃねぇの!」
 頭がおかしいのはどっちだ。俺は男の言葉なんか無視して、腰元に忍ばせた包丁を引っ張りだすと、彼の胸に刃を突き立てた。何度も何度も、息の根が止まるまで刺し続けた。

 俺は男の死を確認すると、その場で彼の鮮血を浴びた作業着を脱ぎ捨てて包丁を投げだし、自室に戻った。

 部屋には黒スーツを着た、二人の屈強な男が待ち構えている。彼らは俺の顔面に取りつけられたマスクを取り外すと、特殊な薬品を染み込ませた布で、俺の舌上の番号を拭きとった。

「ご苦労だったな」
「いえ、職務ですから」
「……この仕事、本心ではやりたくないと思っているのか?」
「愚問ですね。当たり前でしょう」
 俺の言葉に男の一人が、堪えきれず吹きだした。
「かはっ! やっぱりお前とんだ嘘つきだ。頭がおかしいなぁ」
「……」
「いつも通り一連の行動をカメラ越しに見ていたけど、命令が下されたときのお前、いつもイキイキしてるぞ。標的を殺すときもウキウキしてるように見える」
 それだけ言い残すと、二人とも俺の部屋から去っていく。これから彼らは俺が汚した203号室の後処理を始めるのだろう。

 ◇
 このマンションには死んだほうが世の為になる重犯罪者しか存在しない。
 自分の利益や快楽のために他人を殺め、だけど自分は悪びれることなく、罪を償えばのうのうとシャバにでられるなんて、この世界はどうかしている。
 だから刑期を終えた彼らは、自分たちを正義だと信じて疑わない者たちの見えない力により、導かれるようにこのマンションで居住を始める。そしてこいつらは問答無用で殺されるのだ。俺の手によって。

 しかも彼らは、自分の命が狙われていることも、いつ殺されるのかも知らない。彼らが手にかけた、急に命を絶たれた被害者たちと同じように、普通の生活を送り、ある日突発的に殺されるのだ。
 この世界は皆が思っている以上に、法が法として機能していない。だから遺族の無念とともに、裁けない罰を俺が下してやる。俺は処刑人であると同時に、遺族たちの胸をスカッとさせる救済人でもあるのだ。

 手順はこうだ。死刑執行前日の夜に、俺の部屋のなかに催涙ガスが流れ、俺が気絶しているうちに舌上へ標的の「部屋番号」が刻まれる。それは体内にすべて取りこめば死んでしまう量の“毒”によって書かれていて、ターゲットを殺さない限り、俺はマスクが外せないままお陀仏というわけだ。
 そして汚れ仕事を渋々引き受けているとはいえ、人の命を奪っている以上俺も彼らとさして変わりがない。
 だから俺にだって“死の枷”が嵌められている。限られた時間内で職務を果たせないのならば、俺もお役御免というわけなのだ。
 
 ......だけど最近、思うことがある。
 初めは社会の為なのだと自身に言い聞かせていたが、そのうちそんなことがどうでもよくなっている自分がいる。
 いつ死刑執行日がくるのかというスリル。反対に自分が死ぬかもしれない恐怖。対象者の殺し方を瞬時に考えるゲーム性ばかりを気にかけている自分がいるのだ。

 そういえば203号室の男もスーツの男も、こんなことを言っていたな。
 俺のことを「頭がおかしい」って。確かにその通りなのだろう。
 
 ーーこの10階建てマンションに各階部屋は横並びで7つ。その丁度、天地左右中心の504号室で、俺は“あの日”がくるのを待っている。薄暗くてカビ臭いダンボール箱のなかで、すっかり俺は腐った蜜柑として生きている。


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このストーリーに関するコメント

18/12/05 すみもてわたる

拝読しました。
重犯罪者が集うマンション。指示通りに住人を強襲する主人公。恐ろしいお話でした。
『“あの日”』が来るたびに催涙ガスを吸引させられる主人公も大変ですね。市販のCNガスでも気絶はしないそうなので、きっとより強力なガスなのでしょう。催眠でなく、催涙であるところに主謀者側の異常さを感じます。また、『この10階建てマンションに各階部屋は横並びで7つ。その丁度、天地左右中心』とあることから、もう一つの中心でもある604号室にも主人公のような役割の人物が住んでいるのかと思うとやはりぞっとします。
読ませていただいてありがとうございました。

18/12/08 クナリ

どんどん引き込まれていくサスペンス感、とても面白かったです。
そして、悲しい世の中への風刺もきいていますね……。

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