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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。 ……ということも言ってられず、ついに虫歯を治療しましたところ、ちっとも奥歯の不快感が消えてくれないので、「先生、虫歯を見落としていませんか。虫歯がまだ残っていると思われます」と大変失礼なことを尋ねてみましたら、「それ、本当に歯が痛いのですか。歯茎は少し腫れていますが、本当に歯ですか」と逆に聞かれ、やっぱり恥ずかしい思いをしました。こんにちは。 

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うさぎ小屋に名前を

18/12/04 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:6件 秋 ひのこ 閲覧数:137

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 アパートやマンションのことを、祖父は「うさぎ小屋」と呼んだ。
「そんなうさぎ小屋に住んでどうすんだ。隣近所と壁一枚でくっついてるなんてな、家畜小屋だ」
 人口200人に満たない山間の村に生きる祖父は、村を見下ろす段々畑の上に建てた木造二階建てが自慢で、そこに祖母と母、私の4人が暮らしていた。婿養子の父が隣村の女と浮気して逃げて以来、祖父が父代わり。その祖父に、死んでしまえと何の罪悪感も伴わず願えるようになったのは、中学の頃だ。高校卒業と同時に家を出て都会でひとり暮らしを決めた私を、祖父は「あんな箱で暮らすなんざ気が知れん」と蔑んだ。
 
 都会で専門学校に通い、美容師の資格をとった。チェーン店で7年働いた末、店長と結婚した。その間、一度も実家には帰っていない。
 真新しい床、指紋ひとつないシステムキッチン、乾燥・暖房機つきの浴室を行き来しつつ、私は「やった」と心の中で叫ぶ。
 やった、やった! 
 結婚3年目。思い切ってマンションを買った。中古だが全面改装済み。5階のベランダから望む景色は絶景とは言い難いが、人生で一番高い場所に、今日から住むのだ。
 頭金の一部をこっそり内緒で出してくれた母もこの部屋を見て、「あんたがんばったねえ」としみじみ言ってくれた。
 驚いたのは、この時母に祖父もくっついてきたことだ。12年会っていない祖父は、ひとまわり小さくなったように見えたが、木の枝でさえずる可愛らしい鳥をも親の仇のごとく睨みつける目つきの悪さはそのままで、むしろ皺が深くなった分3割増しで人相が悪く見えた。
「うさぎ小屋だな。どんなに繕ってもただの箱だ」
 ソファには座らず床にあぐらをかき、落ち着きなく悪態を吐き続ける。
「大体、5階なんて話にならん。17階まであるっちゅうなら上の階に住んでこそだ。5階なんて恥ずかしゅうて村の者に言えんわ」
 村では、山の裾にへばりつくように作った段々畑のより「上」に住んでいる人間が、地位が高い。肩書きは関係なく、そういう意識がはびこっていた。
 5階の何が悪い、と思うが、17階とは間取りも広さも値段もまるで違う。10階以上専用エレベーターまであることを思うと、無意味とわかりつつ悔しさに火がついた。

 母たちを駅まで見送り、帰ってきた際にふと、扉の前で立ち止まる。「504」という表札に名前は入れていない。祖父は「なんで名前がないんだ」と真っ先に指摘したが、都会ではそういうものなのだと説明した。防犯上の理由らしい、と。
 504が、これから私の、私たちの誇れる家の目印になる。
 この数字と、一生つきあっていく。そう思うと、身震いした。ここが、終の棲家。
 それなのに、「名前も出さんで一人前気取りか。504なんか名無しじゃ。うさぎ小屋にはちょうどいいけどな」と嗤った祖父の声が耳の奥から抜け切らない。

 祖父が死んだのは、その翌年だ。心臓発作。心のどこを探しても哀しみというものが見つからない。そして、意外と早かったな、と思った。
 13年ぶりに故郷へ帰ると、段々畑の下、平地に建ついくつかの家が改装し、ソーラーパネルもつけて妙に立派になっていた。一方、それらを見下ろす我が生家は、瓦の一部が欠け、柱は腐り、壁には大きなヒビが入って明らかにみすぼらしい。
「じいちゃんねえ、自慢しとったんよ、あんたの家のこと」
 お開きになった通夜の座敷でひと休みしていると、母がどっこいしょと向かいに座って言った。
「皆に写真見せてねえ、しょっちゅう話してた」
「何て」
 母は少し考え「あ」と苦笑した。「17階もあるのに5階なんて中途半端だとか、大枚はたいた家なのに表札も出してない、情けない、とか」
 同じ文句を文字通り延々死ぬまで。祖父らしい。だから嫌いなのだ。
「でも聞いてればわかる。自慢やの。皆もわかっとった」
 そう言われても、と会話から逃げるように顔をそむけると遺影と目があった。はにかんだ笑みの祖父がこちらを見ている。あんな顔は、ほとんど知らない。
「今やから言うけどねえ、頭金のお金、あれじいちゃんからなんよ」
 え、と母に視線を戻す。
「家を買うって、じいちゃんにとってはすごい大事なことで。うさぎ小屋ってところが最後まで気に入らなかったみたいやけど、お祝いをしたかったんやと思うよ」
 葬儀を終え、帰る段階になって改めて家を見上げる。
 祖父が建てた家なのだと、小さな頃から繰り返し言われて育った。玄関にはお寺の和尚さんに書いてもらったという立派な表札が今もかかっている。
 祖父の名がどんと大きく。その下に祖母、母と続き、父の名は油性ペンで塗り潰されているのに、私の名前はまだそこにあった。
 家に帰ったら、表札に名前を入れよう、とふと思った。
 誰が住んでも同じ504ではなく、504の私たちですと、名前を入れよう。


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このストーリーに関するコメント

18/12/04 R・ヒラサワ

秋 ひのこ 様

拝読しました。
秋ひのこさんの作品と言う事で、楽しみに読ませて頂きました。
この作品もそうですが、いつもきっちりとした構成で書かれており、ラストの読後感も良かったです。
素晴らしい作品をありがとうございました。

18/12/05 秋 ひのこ

R・ヒラサワさま
こんにちは。お読みいただきありがとうございました。
それに、名前を認識していただけてお恥ずかしいやら光栄やらです……。
504、でなくとも、102でも6003でも成り立つ話なので、テーマにそっているとは言い難いですが、何か伝わるものがあればもはやそれで充分です(^^)
とても嬉しいコメントをありがとうございました!

18/12/05 すみもてわたる

拝読しました。
面白かったです。一戸建て至上主義とでもいうかのような態度の祖父や、表札を掲示しないことを「都会ではそういうものなのだ」と説明する主人公は、リアリティがあり非常に読みやすかったです。
『その祖父に、死んでしまえと何の罪悪感も伴わず願えるようになったのは、中学の頃だ』、『心のどこを探しても哀しみというものが見つからない』等、相当な確執を感じさせますが、このお二人に一体何があったのでしょう。
このたびは読ませてくださってありがとうございました。

18/12/06 秋 ひのこ

すみもてわたる様
こんにちは。数ある作品の中からお読みいただきありがとうございます。
主人公と祖父の関係は、私ももう少し触れればよかったなと思います。
主人公は結婚したのに、夫がまったく出てきませんし、くー、2000文字め! と言い訳はいつも同じです(^^;)
丁重な感想をいただきありがとうございました。

18/12/08 クナリ

短い字数の中でテンポよく主人公の思いと状況が展開していきますね。
登場人物の抱えた思い(特におじいさん)はなかなかうまく言葉にできませんが、時とともに変わっていくものと変わらないものの対比なども感じました。

18/12/10 秋 ひのこ

クナリさま
こんにちは。返信が遅くなってしまい申し訳ありません!
出されたテーマにとことんこだわるか、テーマとは別のメッセージに主軸を置くか、2000文字はその葛藤です。
今回は(も?)後者になった気がします。
難しいですね、「504号室」でないと成り立たない話というのは……。
丁寧な感想をいただき、ありがとうございました。

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