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吉岡幸一さん

性別 男性
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504号室の隣人は幽霊

18/12/03 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:1件 吉岡幸一 閲覧数:203

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 隣人は幽霊だといったら信じてもらえるだろうか。
 夏の最中に急な人事異動を命じられた俺は、よく調べる間もなく引っ越し先を見つけなければならなくなった。
 たまたま駅の近くにレンガ造りの洒落た二階建てのアパートを見つけることができ、すぐに空き部屋の505号室に引っ越した。
 二階建てのアパートなのに、まるで五階の部屋のように505号室というのはおかしな番号と思うかもしれないが、それは単にここの大家さんが郷丸(50)という名字だからに過ぎない。つまり郷丸さんのアパートの5号室というわけである。
 洒落のつもりだろう。まあ、部屋番号の付け方だけでなく、住んでいる住人も一癖あるアパートということはすぐにわかった。
 引っ越しをしたら隣近所へ挨拶をしに行かなければならない。荷をほどいたあと、隣の504号室にカステラを持って挨拶にいき、俺はそこで幽霊と出会った。
「ご丁寧にありがとうございます」
 玄関に出てきた袴姿の幽霊は愛想よく頭を下げるとカステラを受け取った。
 なぜ幽霊とわかったかというと足がなかったからだ。膝から下がうっすらと無くなっていて体が宙に浮かんでいる。
 若い女ならここで悲鳴をあげたことだろう。だが俺は社会の荒波にもまれたサラリーマンだ。幽霊をはじめて見るが、その程度で動じるほどやわな漢じゃない。
 気づかないふりをして次の部屋に挨拶に行こうとすると、幽霊は俺を呼びとめた。
「十年間ここに住みついていて、僕が見える方に会ったのははじめてです。どうか僕の願いを聞いていただけませんか」
「話を聞くくらいでしたら」
 普通ならば断わるところだろうが、相手は幽霊だ。断って呪われでもしたらたまらない。
 部屋に入ってみればそこは空っぽで、いわゆる空き部屋だった。
 幽霊の話によると、これまでこの部屋に四人以上の人が暮らしたそうだが、誰一人として幽霊の存在に気づかなかったという。なかには霊感の強い人もいたが、そういう人でも姿までは見えなかったそうだ。
 俺には霊感もなければ幽霊の存在など信じてもいなかったが、見えてしまったことは否定できない。理由はわからないが、きっと魂の相性が良かったのだろう。
「じつは未練があるので成仏できないでいるのです。ぜひ僕の未練を断ち切るお手伝いをしていただけませんか」
 幽霊は部屋の真ん中に俺が腰をおろした途端、お茶も出さず話はじめた。
「そういえば未練があると死んだ後もこの世から離れられなくて留まる、と週刊誌で読んだことがあるような気がするな。俺に出来ることでしたらお手伝いしますよ」
「隣の503号室に住んでいる綺麗な人に、僕に代わって告白をしていただきたいのです。十年前からその人のことがずっと好きでして。恋をしてしまって……」
 幽霊は青白い頬を赤くそめた。
「十年は長いですね」
「告白をしようと思った日に、急な食中毒で死んでしまったので、それが心残りで」
「わかりました。代わりにあなたの気持ちを伝えましょう。ちょうどこの後、503号室にも引っ越しの挨拶に行くつもりだったんで」
 俺は幽霊と一緒に504号室を出ると、すぐ隣の503号室のドアをたたいた。地縛霊なので遠くには行けないが、玄関から四歩出るくらいなら移動できるということだった。
 ノックをすると、503号室のドアはすぐに開いた。中からは四十歳を超えた派手な化粧をした女が歯ブラシを口にくわえて出てきた。
「今度505号室に引っ越してきた者です。引っ越しの挨拶を、と思いまして」
 頭をさげてカステラを渡すと女はあわてて部屋の奥に入って、口から歯ブラシを取ってふたたび出てきた。
「それで十年ほど前なんですが、504号室に住んでいた方を覚えていますか」
 突然、変なことを聞いたにも関わらず女は怪しむような素振りを見せることもなく、頭を捻りながら思い出そうとしてくれた。
「たしか、食中毒で亡くなった釣り好きの男の方が住んでいたような」
「そうです。その方はあなたのことが好きだったそうです」
「あら、あんな痩せた人、好みじゃないわ。それにあたしは男なんだけど、わかっていたのかしら。あなたのほうがあたしは好みよ」
 女、いや男は俺の耳に息を吹きかけた。俺は慌ててドアをしめた。額に汗が浮いてきた。
 幽霊の希望通りに伝え終えたのだからもうこれで十分だろう。振り返ると、幽霊は泣きそうな顔をして浮かんでいる。
「さあ、これで未練を断ち切れたでしょう。どうか心安らかに成仏してくださいね」
「いやだ、成仏なんかするもんか」
 死にそうな声でそう叫ぶと、幽霊は飛んで504号室に戻っていった。
 やれやれ、隣人は気難しい。さて、次の部屋に引っ越しの挨拶に行くとするか。どうか普通の人が住んでいますように。
 俺はカステラを手に502号室のドアをノックした。


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このストーリーに関するコメント

18/12/03 雪野 降太

拝読しました。
引越し先の隣人が幽霊。しかも別の部屋の人物に惚れて、想いを伝えられない未練で成仏もできない。それを代弁してくれと頼まれる主人公――全く動じないどころか、むしろ、人間味を感じないほど淡白な主人公が興味深かったです。
どうして幽霊は『袴姿』だったのかが個人的には最も気になるところです。加えて、『郷丸さんのアパート』というものが『住んでいる住人も一癖あるアパート』だった、という、これからシリーズ展開するかのような構成に、単一作品としての面白みがやや薄れているように感じられました。
このたびは読ませてくださってありがとうございました。

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