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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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とってつけたような話

18/11/26 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:283

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 おやじもおふくろも酒のみだったから、ぼくの名前を考えたときもきっと、二人とも酔っていたのにちがいない。そうでなければどうして、生まれた子供にこんな名前をつけたりするだろう。
 ――号室。読み方はそのものずばり、ごうしつ。ふだんよぶときは、ごうし、ごうしだった。
 それだけのことならぼくも、気にいらないながらも、しょうがないとあきらめることもできた。問題は苗字のほうだ。五百五。これをなんと読むか。ごどい。もっとも苗字だから、親に責任があるわけではないものの、五百五の下になにも、号室とつけなくてもいいだろうに。つづけて読んだら、五百五号室。ふざけるなと、いいたくなる気持ちもわかってもらえるだろう。
 学校時代は、それはもう、この名のおかげでみんなから、どれだけからかわれたことか。まともに『ごどい』とよんだものはただのひとりもいなかった。生徒はもとより、先生から用務員にいたるまで、ぼくをみると「ごひゃくごごうしつ」と呼んではさんざんはやしたてた。その後ぼくが一流の大学にはいり、トップクラスで卒業後、一部上場企業に入社し、営業マンとしてばりばり働くようになったのも、その名のコンプレックスをバネにしたおかげかもしれなかった。
 営業さきで、わたされた名刺をみたときの相手の表情は、複雑なものだった。なんですか、これと、いぶかしそうにきいてくるものもいれば、名前に号室を書いてなんのつもりだと怒って、なにもきかないさきに追い払われることもたびたびだった。しかし、この名のおかげで、業績がのびたのもまたじじつで、この名の読み方に興味をおぼえ、いわれをたずね、苦労話などに耳をかたむけるうちに、しだいにこちらに関心をよせるようになれば、商談もはずんで満足した結果が得られるというものだった。
 いまぼくは、あることで大いに悩んでいた。
 いきつけのカフェで、毎日のように顔をあわす一人の女性がいた。すてきな女性で、なんというかどこか夢見がちで、話す言葉はみな美しい詩になるような雰囲気を漂わせていた。ぼくの勤める会社のそばの店で、ほかにも女性客は多くいたが、いつも壁際にひとりすわっている彼女の存在は、ぼくの視線をひときわ強くひきつけずにおかなかった。
 彼女のほうも、昼の時間になるときまってやってくるぼくを、いつもその涼し気な切れ長の目でむかえてくれた。もちろんまだ、お互い名前もしらない間柄なので、言葉をかけたりするようなことこそなかったが。
 最初のうちは、同僚たちときていたぼくだったが、そのうち一人でくるようになっていた。
 そしてだんだんと、彼女の近くのテーブルに座るようになったころには、ぼくと彼女ははみかわした目を、いつまでも離すことはなかった。
 あるときその目がぼくに、なぜこのテーブルにきてくれないのと語りかけてきた。うぬぼれでもなんでもなく、ぼくはそれを確信をもって感じたのだ。
 ぼくもよほど彼女のところにいきたいとどれだけおもったことだろう。ぼくの足にブレーキをかけた理由はただひとつだった。
――「お名前は」
 ぼくにとってこのといかけほど、魂を凍えさせるものはなかった。おもわずぷっとふきだし、ブラウスにコーヒーの染みをつくる彼女の姿が、まざまざと瞼にうかんだ。ふきだすだけならまだしも、なにかこの世のものでもないようなものをみたかのような目で、まじまじとみつめられたところを想像すると、足は鉛のように重くなってしまうのだった。
 そんなトラウマに悩まされながらも、それから一週間後にぼくが、迷いに迷ったすえに彼女のいるテーブルにちかづき、おもいきって声をかけたのは、やむにやまれぬ彼女への熱いおもいをもうどうすることもできなかったからにほかならない。
「こんにちは。この席、座ってもいいですか」
 おもったとおり彼女は、僕の挨拶を笑顔でうけとめてくれた。
「どうぞ」
 喜び勇んでぼくは、彼女とテーブルをはさんで向かい合わせに腰をおろした。
「ここにはよくみえられますね」
「ええ、落ち着いたいい店」
「ぼく、名前を……」
 いやなことはさきにすましてしまおうという気持ちが、いいたくもないことを口にださせようとした。さすがに唇はこわばり、舌ももつれて、ろくに言葉にならなかった。
 すると彼女のほうから、
「わたし、さどみごうむろというの。三百三号室とかくのよ」
 と一気に、体内のすべての毒をあまさず吐き出すかのような顔つきでいいきった。
 それをきくなりぼくは、彼女がこれまでいやというほど味わってきたにちがいない、名前にからんだ他人からのあてこすりの数々を、まるでじぶんのことのようにかんじたのだった。
「さどみごうさん、安心してください。ぼくの名前は――」
 このときほどぼくが、正面切って自分の名前をなのる気になったことはなかった。


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このストーリーに関するコメント

18/11/26 W・アーム・スープレックス

テーマの「504号室」を「505号室」とまちがいました。失礼しました。

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