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夏日 純希さん

名前は「なつのひ じゅんき」と読みます。誰かに届くなら、それはとても嬉しいことだから、何かを書こうと思います。 イメージ画像は豆 千代様に描いていただきました(私自身より数億倍、さわやかで、かっこよく仕上げていただきました。感謝感激) Twitter(https://twitter.com/NatsunohiJunki) 豆 千代様 HP:MAME CAGE(http://mamechiyo555.tumblr.com/?pagill )

性別 男性
将来の夢 みんなが好きなことをできる優しい世界を作ること。 でもまずは、自分の周りの人を幸せにすること。
座右の銘 良くも悪くも、世界は僕に興味がない。(人の目を気にし過ぎてるなってときに唱えると、一歩踏み出せる不思議な言葉)

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僕には解けないダイイングメッセージ

18/11/23 コンテスト(テーマ):第163回 時空モノガタリ文学賞 【 504号室 】 コメント:2件 夏日 純希 閲覧数:376

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504号室には質量の一部を失った女の子で、僕が人生で3番目に抱いた女の子がいた。
「アインシュタインの理論によれば質量は膨大なエネルギーと等価で、私は大事な一部を無くしてしまったから、きっと生きるエネルギーの多くを失ってしまったの」
と彼女は言うから
「もしそれが本当なら、甘いものをたくさん食べればいいよ」
と、僕は応える。
「甘さは脂肪にしかならないのよ。悪くないけどね」
と、彼女は応じる。言われなくとも、いい質量と悪い質量があることくらい僕にもわかっていた。
以前は全体的に弾むようなピンク色に見えたこの部屋も、今はなんだかモノクロのように見えた。彼女の欠損を除いたら、何も変わっていないはずなのに。
「この部屋は、ちょうど私のダイイングメッセージだったみたい」
それは論理的な文章であるかのように、彼女は僕にそう告げた。大学の修士課程に通う彼女は授業や研究の合間に小難しい推理小説のページをめくっている。社会人である僕が垣間見られない景色だけど、それはなんだかとても容易に想像できた。幼稚で賢い彼女のそのメッセージは、小賢しい大人の僕に解ける日は来ないだろう。
僕は解かなくてもいい彼女を望み、彼女は解いてくれる僕を望む。彼女風に言うならば、多次元におけるねじれの関係だ。
次の春には、彼女は504号室を去った。彼女の田舎に帰っていったのだ。残ったのは犬の散歩コースにある彼女の住んでいたマンションと、あのメッセージだけだった。

僕が彼女と出会った時、彼女は公園のベンチに座ってピンク色のノートパソコンを膝に乗せて、電子タバコをふかしていた。犬と時々休憩するベンチだったから、僕は気まずい思いをしながら、少し離れて腰を下ろした。
「素数」
彼女は画面に難しい顔を向けて、それだけポツリと呟いた。それは、一と自身の数でしか割り切れない寂しい数字だとどこかで聞いたことがあった。画面の中には、黒背景のウィンドウにびっしりつまった白色の英数字だけがあった。
「割り切れる友達とか必要ありません? 僕の名前は、一郎って言うんですけど」
ナンパ未経験というわけではないが、慣れているわけでもない。僕としては、ナンパの成否より、どちらかと言うと三度目の正直という言葉の信憑性を試してみたかったに過ぎない。
彼女は上品に水蒸気の煙を吐き出してからこちらを向いた。
「一が素数を割り切れるんじゃない。一は何でも割り切れるの」
淡白な返答に、二度あることはサンドイッチにしていただきましょうという言葉が頭に浮かんだけれど
「悪くないけどね」
と、彼女は笑顔と連絡先をくれた。

その頃、僕は小室さんという子と付き合っていた。そのことを彼女が気づいていたとは思えなかった。そんな男に体を委ねるほど、彼女は軽い女の子には見えなかったから。
ことがおわった後の彼女はいつも決まって口もとまで布団をかぶって、天井を見上げていて、そしてどこか突拍子もない悲観的な話をした。
「グッバイと南無阿弥陀仏って似てると思わない?」
僕はしばらく考えてから肩をすくめた。「そう」と彼女は言った。僕はその真意を問い質すべきか迷っていた。問い質せば僕の好奇心は満たされるだろうけれど、経験上、彼女は悲観の海の底にドボリと沈み込んでしまう可能性がある。そして、問い質さなければ、このまま二人たゆたうだけで、いずれ眠りにつく。
「どうして似てるの?」
僕は、泣いている彼女を慰めるのもたまにはいいかと思った。
「死んだらもう会えなくなるから悲しいのだと仮定するね。なら、例えば私が遠い田舎に帰ってもうあなたと会わなくなるのだとしたら、それはあなたにとって私は死んだも同然だと思わない? でも、それなのに、あなたはきっと別れ際にはグッバイって言うの」
彼女が田舎に帰ることは出会う前から決まっていたことだ。それを無理矢理引き止めるほどの確信は、この短期間でまだ僕に芽生えていなかった。
「暇を見つけて会いに行くよ」
「無駄よ。遠すぎるもの。だから田舎に帰ったらもう私は二度とあなたと会わない」
僕は何も言えなかった。
「このまま私がここにい続けたとしたら、あなたと結ばれる確率は2, 3割くらいはあったと思うんだけど、あってるかな?」
僕は少なくともそれに対しては素直に頷けた。
「ありがとう。それは丁度、人類が妊娠する可能性と同じくらいね」
と、彼女は言った。

結局、彼女は妊娠しなかったし、僕が彼女に南無阿弥陀仏と言うこともなかったし、僕がメッセージの謎を解くこともできなかった。後日、賢い親友に話をしたら、5045室と考えたら、素因数分解をして1009x5室になって、遠く(1009)に行った彼女と、小室(5室)さんではないかと教えてくれた。
それは、僕には解けないとわかっていた彼女からのダイイングメッセージだった。


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このストーリーに関するコメント

18/12/30 霜月秋旻

夏日 純希さま、お久しぶりです。素数を数えながら拝読しました。
最後の語呂合わせに「なるほどな〜」と関心してしまいました。504という数字だけではなく、号室にまで意味があるとは!凝ったお話でしたね。

18/12/31 夏日 純希

お久しぶりです。
素数数えながらとかかっこいいっす。
なんか理系な女の子を書きたかったのです。
感情的で理知的な女の子っていいなって。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
ありがとうございました。

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