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kouさん

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音の終わり

13/01/21 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:0件 kou 閲覧数:1691

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 旅のいきさつは、人それぞれだ。俺も、それぞれ、の一部であり、複数ある、それぞれ、という目的のために旅をしている。よくいうじゃないか、道は続いている=Aて。
 が、気づけば俺は森の中で迷っていた。旅をして数年。人生に迷い、道に迷っている。今までの道中、たしかに道に迷ったことは多々あったが、どれも深刻に思い悩む懸案事項ではなかった。体からは三日前に入った風呂の名残りは消え失せ、胃袋はダークサイドを催し、口内は砂漠化が進行中である。現代の地球の状況と俺の体はシンクロしているのではないかと思った直後、目の前が、三重層、四重層、の歪みを形成し、ひび割れた鏡のような状態になった。ああ、俺は、ここで力尽きるのか、そうだ、うん、間違いない、絶対そうだ、いや、それはどうかな、と冗談が頭の中でタップダンスを奏でた直後、俺の意識は飛んだ。
「なあ、起きればいいじゃん。だから、起きればいいじゃん。いつか、起きればいいじゃん」これはあの世の理の一種なのであろうか、と俺はふわふわとした意識の中で思った。やけに、起きればいじゃん≠連打してくる、それも一定のリズムと声音、で。
 俺は両手を動かせることを確認し、思いっきり両頬を、パン、と叩く。気合いとふわり感を矯正するには、これが最も効果的かつ即効性が高いと、俺は自負する。意識がクリアになった俺は、周囲をぐるりと見回し、なるほど、の鐘を鳴らす。だが、確信は持てない。だろうな、と思うだけだ。目の前には仏壇というか観音様がピカピカに輝き、辺りの臭気はどこかカビ臭い。それでいて、木目の床を見る度に、雑巾掛けを思い出すのは、一休さんの影響だろうか。そう、おそらくここは寺だ。となると僧がいるはずなんだが。
「だから、後ろじゃん」俺の背後から、起きればいいじゃん、と同じ声音が響いた。俺は、首の動きを悟られないよう(悟られるだろうが)コマ送りのようにスローにしてみたが、「急いで」と、起きればいいじゃん、が急かす。なので、比較的素早く首を動かした。目と目が合う。
「僧?」俺の疑問に、起きればいいじゃん、はこくりと頷く。どうやら僧らしい。太い眉に、あんぱんのような丸顔。木欄色の法衣を着こなし、さらには木欄色のアコースティックギターを持っている。数珠ではなく、アコギ。その疑問を察したのか僧がこう言った。
「溶かさなければいけない」僧は定規で引かれたような歯並びを見せた。さらにいわせてもらえば、俺の疑問にノータッチ。
「溶かすって、どういうことだろうか」俺は言い、「人々は音の中で生きている。音は心を中和させる。ほぐし、溶かし、矯正し、感情を揺さぶり、なによりこれが大事、共鳴する」と僧は中音域を崩すことのない声音で言った。人は中音域の声音に安心感を見いだすと、かつて、あれ誰だっけ?誰だか忘れたが、言っていた。もの凄く大事なことな気がするのに、記憶の一部分が欠けている。
「辛い記憶を封じ込め、逃避するのはよくない。溶かせばいいじゃん」僧の十八番、じゃん、が炸裂し、アコギを構え、ジャーンと僧が手慣れた手つきでアコギを奏でる。六本の弦が振動し、それと共に背後の観音様が眩い光を放つ。どうやらアコギと観音様が共鳴しているようだ。
 俺は僧の奏でる音色に耳を澄ます。目を瞑り、開き、彼の手元を見つめる。CコードからFコードさらにはGコードと、ポップスに使われるコード進行を響かせる。ギターを齧っていた頃の過去の知識に俺は感謝する。ときにメロが転調し、音域が変化し、それと共に新手の照明のように観音様が光に強弱を与える。僧のギターの音色は続き、俺の頭は高熱を出しときのようにぼうっとしてきた。目の前が波のように揺らぎ、その揺らぎから音符の光が姿を現す。音符がヘ音記号を形成し、四分音符に姿を変え、最後には人の形を造った。そして俺は目を丸くする。「あ、ありさ」
「情けないぞ」とありさがハニカむ。ありさは俺の婚約者であり、不慮の事故で亡くなった。それ以来、俺という人間は人生に希望を見いだせず、逃避という闇に入り込んでいる。
「ありさ」と俺はありさに抱きつき、実体を感じ、頬づりをし、見つめ合う。 
 情けないぞ、ともう一度ありさ。「私が愛した男は、こんなことでへこたれる男じゃないはず。苦しいことがあっても逃げないで、その苦しさの中から輝ける瞬間を素晴らしいもにする。それが私が愛した、あなた」
「君がいないのは辛い」
「いるわよ。実体はないかもしれないけど、愛は広く許されるべきもの。実体はなくても、あなたと生きてる。あなたの中音域の声音は安心をもたらす。あなたと共鳴してる」ありさは俺に唇を重ね、彼女を包んでいた光の粒子があらゆる音符に変わり、音色に変わった。
「溶けたじゃん」僧の言葉と共に、俺は晴れやかな表情を取り戻し、音は終わりを告げた。


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