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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで5年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ミセス・スイートポテト

18/11/19 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:2件 冬垣ひなた 閲覧数:391

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 キッチンに腰を下ろして床下の貯蔵庫を開けると、太陽にさらされた温かい土の匂いがした。
 白いポリ袋の中に入っている、濃い紅色をしたさつまいもがようやく食べ頃を迎えた。香津美はどんな料理にしようかと想像して頬が緩む。
 収穫は紅葉の時期だった。40歳を目前にして家庭菜園を始めたビギナーとしてはなかなかの豊作に、宝探しのように家族で競って掘り起こした。とれたてのさつまいもはもちろん食べられる。けれど、しばらく置いた方が水分が抜け実が締まって美味しいのだ。夫の正幸がそう言うので、はやる気持ちを抑えて待っていた。
 手ごろなさつまいもを幾つか取って腰を上げると、窓の外に見えたサザンカの生垣にぽつぽつと花が咲いていた。冬の気配に身をすくめ、独りでキッチンに立つと一瞬の空虚を覚える。香津美の中に、『ミス・ポテト』だった昔のしょっぱい記憶がじんわりと蘇ってきた。


 都心に近い大学に入学したての頃、幾人もの男子が古典的美人の香津美に声をかけてきた。休日に遊びに行こう。サークルに入らないか。そのどれもが興味がなかったから、見た目以上に気の強かった香津美は誘いに乗らなかった。
 あまりに頑ななので、しまいに彼女には『ミス・ポテト』なる不名誉なあだ名がついていた。『芋娘』、つまりは野暮ったい女だ。小学生レベルの悪口をエレガントに言い直しても、中身が変わるはずもない。なのに得意げに面と向かってからかってくるものだから、頭に血が上りもする。
 ファッション雑誌に載っているような格好いい女性には憧れる。それはなりたい人がなればいい、他人に強要するものではない。人それぞれに道が違うということを、どうして理解してくれないのだろう?
 努力して何でも手を抜かずに頑張ってきた来た香津美は、カルチャーショックに戸惑いを覚えた。
 正幸と出会ったのは、そんな淀んだ不満を抱えていた最中だった。
 学食でたまたま隣に座った彼は、熊を細身にしたような、というのが第一印象で、最初はそれ以上に何とも思わなかった。
 けれど何度か顔を合わせているうちに、意外にも話が弾むようになってきて、昼休みにはいつしか自分から正幸の姿を探すようになっていた。


「君、ミス・ポテトって呼ばれているんだって?」
 正幸が尋ねてきたのは、何回目の昼食の後だったろうか。
 香津美は傷ついていないふりをして「そうみたいね」と答えたが、目を丸くした彼から返って来たのは予想外な言葉だった。
「へぇ、何か格好いい。好きなものがあだ名なんて」
「え?」
 確かにこの前、多めに作ってきたポテトサラダを彼に分けたのだが、香津美が熱烈なじゃがいも愛好家だと勘違いしたらしい。正幸は大げさに嘆いてみせる。
「俺なんか見てみなよ。今までついたあだ名が『熊ちゃん』や『熊太郎』だしさ」
「でも、それは好かれている証拠だと思うよ」
 私なんかと卑屈になりかけた時、正幸が言った。
「名は体を表すっていうけど、この前のポテトサラダ美味しかった。ごちそうさま」
 彼に褒められると、あれほど嫌だった『ミス・ポテト』に愛着が湧いてくる。作るジャガイモ料理にもレパートリーが増え、次第に香津美の心からとげとげしさがなくなっていった。
 正幸と付き合い始めると、香津美は可愛いお菓子にも挑戦しだした。とりわけ得意になったのがスイートポテトで、『ミス・ポテト』から昇格した『ミス・スイートポテト』のあだ名は、香津美にとって勲章みたいに輝いていた。


 あれから正幸と20年近く暮らしてきて、しょっぱい思い出だって数えきれないほどある。けれど程よい人生の塩味は、忙しい日々の隠れた甘味を引き出してくれるのだ、と香津美は思う。
 『ミセス・スイートポテト』に成長した、しっかり者の彼女は今も健在だ。
 中学校から帰ってきた息子の良斗が、コンロに置かれた蒸し器から湯気が上がっているのをしげしげと見つめる。
「やった、ふかし芋」
「たくさんあるけど、お父さんの分は置いときなよ。楽しみにしてるんだから」
「やだなぁ、こんなことで親子喧嘩なんてさ」
 正幸に似て眉の凛々しい面立ちの良斗がひょっとこのように口を尖らせたので、香津美は思わず吹き出して笑った。この子は寝かせたさつまいもタイプの、大器晩成型に違いない。
 出来上がったふかし芋に塩をまぶしてテーブルに乗せると、さっそく良斗が「あちちっ」と言いながら二つに折る。改めて白い湯気が濃くなり、不規則な断面から覗く黄金にも似た色が食欲をそそる。
「はい、母さん」良斗は割った芋のひとつを、香津美に差し出した。
 いつも、正幸がそうするように。
 香津美は気恥ずかしさに顔を赤らめて受け取り、一口食べてみた。
 さつまいもの風味豊かな甘さと、ほんの少しのしょっぱさが、冷えた身体を芯から温めてくれるようだった。


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このストーリーに関するコメント

18/11/21 文月めぐ

拝読いたしました。
タイトルに惹かれて読みました。
つけられたあだ名って気に入らないことも多いけど、プラスの意味に変えてくれた正幸の存在は大きいですね。

18/11/21 冬垣ひなた

文月めぐさん、お読みいただきありがとうございます。

今回は珍しく中身よりタイトルが先に出来上がった作品なので、気に入っていただけて嬉しいです。
あだ名ひとつでマイナスにもなれば、プラスにもなる。レベルアップした主人公の幸せは、プラス思考の家族の支えが大きいと思います。

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