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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、たくさん書く勉強をしました。パピプペポ川柳を愛するパピラーです。【おくりもの】【実家】は諸事情により投稿をお休みいたします。

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【エッセイ】 深夜の救世主

18/11/19 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:257

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 自宅から歩いてすぐの所にコンビニがある。小腹が空いたとき、コピー機を使いたいとき、急な出費があったとき、とりあえず私はコンビニへ行く。最寄りのコンビニには、日頃からたいへんお世話になっている。
 そのコンビニにある日、筆文字で『救世主、求む!』と書かれた張り紙があるのを見つけた。入口の人目に付きやすいところに貼られたその張り紙をよく見ると、夜勤で働いてくれるひとを探しているらしいことが分かった。コンビニも人手不足なのだろう。時給が高いこと、働きやすい職場であることを、これでもかというくらいに主張している。

 それから数週間が経っても、働き手は見つかっていない様子だった。角に貼られたテープが剥がれて、風にべらべらと揺れていた。『救世主、求む!』の力強い筆文字が、なんとなく寂しげで哀愁を感じる。「お願いですから、働いてください」と弱り切った顔でお願いされている気分になる。
 けれど、残念だけれど深夜に働くことは難しい。昼間、事務の仕事をしているからだ。働けないと分っているのに、私は張り紙の前にしばらくいた。救世主というのは、改めて考えるとなかなか心惹かれる存在だと思った。

 生まれたときから、平凡な人間だった。平凡でいるために、努力が必要な人間だった。そんな私が、この張り紙に書かれている番号に電話をして「働きたいのですが」と言うだけで、救世主という存在になれるのだ。コンビニで働いたことはない。でもレジ係をしたことはある。毎日のように客として店へ行っているから、だいたいの仕事内容もわかる。そうアピールすれば、切羽詰まっているようだし、たぶん、採用される。
 一瞬、昼間の仕事を辞めてここで働いてみようかという考えが頭をよぎった。レジに立つ自分。品出しをする自分。心にもない「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」を口にする自分。イメージできないこともない。けれど、この店はなんというか、雰囲気が私とは合わない気がするのだ。
 この店の店員は、とにかく明るくて気さくで親切なひとが多い。接客業なのだから当たり前なのかもしれないが、私自身が客としてコンビニ店員に求めるのは、レジ操作や袋詰めのスピードと正確さ、そして何より無関心なのである。
 コンビニの店員には、あらゆる個人的情報を知られている。味の濃いスナック菓子が好きなこと。普通のコーラではなく、ダイエットコーラでほんの少し罪悪感を薄くしようと無駄にもがいていること。通販でコンビニ支払いを指定したものの、支払期限が過ぎていることが多々あること。その支払い用紙には、住所と名前が書かれている。
 店員は忙しいだろうから、こちらの住所氏名などには興味もなく覚える暇もないだろう。分かっていても、気になってしまう。だからこそ「ワタシは興味など一切ありません」という、明らかな無関心でこちらを安心させて欲しいのである。
 それなのに、この店の店員は「今日はいつものスナック菓子じゃないんですね」とか「いつもはカップラーメン麺なのに、今日はカップ焼きそばなんですね」などと親しげに話しかけてくるのである。

 結局、私は救世主になれる権利を放棄した。店の雰囲気に合わせて働くという処世術はなんとか持ち合わせているが、昼間の仕事はうまくいっているし、正しい選択だったと思っている。 
 最初に張り紙を見つけてから二ヶ月が過ぎた頃に、あの張り紙はなくなった。私はある日の深夜、急に味の濃いスナック菓子が食べたくなってコンビニへ行った。目当てのものをカゴに入れ、レジの台に置く。店員は若い男性で、初めて見る顔だった。 
「こんばんはー。寒くなってきましたね!」
「……そうですね」
 深夜なのに、やたら元気だった。私は目を合わせずに、ぼそぼそと店員に返事をした。どうしてこの店は、こうも明るく元気な店員ばかりなのだろう。
 まぁ、でも、どんな店員でも私にとってはありがたい。夜遅く、急にスナック菓子が食べたいという欲求が叶うのは、コンビニがあって、そして、深夜に働いてくれるひとがいるからこそなのだ。
 店を出て家に帰りながら、まさしく私にとっての救世主だなと思ったとき、あ、と小さな声が私の口から漏れた。深夜に働く、新顔の店員。もしかしたら、あの『救世主、求む!』の張り紙に応募したのは、さっきの若い男性店員だったのかもしれない。

 彼は、いつも深夜に店にいる。会計の際には大抵、私に話しかけてくる。話をしつつも手元はいつも物凄いスピードで動いている。パソコンのブラインドタッチを彷彿とさせるレジの高速両手打ちが得意技らしかった。瞬時に固いもの、重いものを下にして袋詰めをする際の手際に無駄な動きは一切無い。
 救世主になりそこなった私は、ほんの少しの羨ましさも込めて、心の中で彼のことを「救世主くん」と呼んでいる。



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