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森音藍斗さん

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クマの転校生

18/11/19 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:0件 森音藍斗 閲覧数:191

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 後ろの席に見慣れぬ女の子が座っていることと、私がクラスメイトに呼ばれるたびに彼女もびくりと反応することに、私は気づいていた。朝教室に来てから、ほんの三十分弱の話だ。
「ねえ、クマちゃん」
 私が椅子を斜めにしながら背後にそう問いかけると、彼女はまた肩を震わせ、そして自分が呼ばれるわけがないと考え直した様子で、それから今に限ってはやっぱり自分が呼ばれていることをようやく認識して顔を上げた。
 大人しそうな子だった。前髪は重く、背は丸く、顔を上げるまでは、何をするわけでもないのにずっと自分の膝を見ていた。
「あなたもクマってあだ名だったの? 転校生だよね?」
 私の問い掛けに、慄きながら頷く。
「ごめんねえ、あだ名被っちゃって。新しいの考えよっか、私が変えてもいいんだけど、周りが間違えるかなと思うと——」
「私、あだ名変えたいです」
 それが彼女の第一声だった。細く柔らかく女の子らしい声だった。
「クマってあだ名やめます」
「どうして?」
 その言葉の熱の入り方は、私に譲るというよりは、クマというあだ名から離れようとしているように聞こえた。
「クマってあだ名、嫌いなの?」
 彼女は言い淀む。そりゃそうだ、目の前の人間は、クマというあだ名を好き好んで使っているわけだから。安直に否定できないだろう。私は質問を変えた。
「どうしてクマってあだ名になったの?」
「苗字が熊谷だから……でも私、体でかいし、可愛くなくて。そのせいもあるんじゃないかって」
「ふうん」
 彼女は確かに肩幅も広めで、ぱっと見て確かにスリムとは言えない体をしていた。そのまま押し黙ってしまった彼女に私は言う。
「私がクマって呼ばれだしたの、太ってるからだけどね」
「えっ」
 彼女はぱっと私の体を見て、その視線の動きが失礼に当たることを危ぶんだのか、慌てて目を逸らす。
「ちっちゃい頃はもっと太ってた。背も高いし、給食もめっちゃ食べるし、声も低くてでかいし」
「嫌じゃなかったんですか、クマってあだ名」
 あ、いえ、ごめんなさい、と彼女は目を白黒させながら謝る。別に、クマというあだ名を否定されたからって私は特に傷付かないけれど。優しい子だなあ。私は彼女の机に頬杖をつく。
「むしろ好きだよ。強そうだし」
 まあ、スポーツはさっぱりなんだけどね、と笑うと、彼女は不思議そうな顔をした。
「ああ、でもね、せっかくクマなんだから強くなろうと思って、中学からは柔道部入ったの。そこでも周りより全然弱いんだけどね」
「どうしてそんな」
 彼女はとうとう私を遮る。
 どうして、と言われても。
「あだ名をくれたことは嬉しいし、あだ名をつけてくれたみんなのことは好きだし、呼んでくれるみんなも好きだし」
 ああ、でも押し付けたいわけじゃないんだ。嫌なあだ名なら嫌って言うべきだし、嫌なのに我慢してたら、呼んでくれるみんなのことも、そのうち嫌いになっちゃうかもしれないしね。よかったじゃない、この転校きっかけにして新しいあだ名考えよう、と私が一方的に提案している間にチャイムが鳴った。
 先生が入ってくる。朝会が始まる。予想通り、転校生の彼女が教室の前方に呼ばれて、自己紹介をせがまれる。
 彼女は自分の本名と、出身など無難な情報を述べた後、言った。
「前の学校ではクマって呼ばれてました」
 律儀だなあ、と私は教室の後ろから二番目の席でそれを眺める。クマってあだ名があったことすら、言わなくていいのに。
「でも、この教室にはクマさんがもういらっしゃるみたいで」
 だから新しい、全く別のあだ名を、と予想していた私は、次の彼女の言葉に目を丸くした。
「でも、私このあだ名、気に入ってるんです。正確に言うと、さっきクマさんと喋ってて、好きになったんですけど、だから新しいあだ名も、クマに関係ある言葉だといいなと思います」
「コグマでいいじゃん」
 教室の隅から声が飛んだ。
「クマよりちっさいし」
 彼女が教卓の隣で顔を赤らめる。起立してみてもやはり大柄な彼女が、小さいと形容された経験はきっと少ないことだろう。だが、その通り、私よりは小さいのである。
「親子みたいになっちゃわない? クマとコグマって」
 懸念の声に、
「いえ、コグマってあだ名、嬉しいです」
 彼女が答えた。はじめの印象と違って案外はきはきと喋る。背筋も伸びていて、教室の後方の私ともちゃんと目が合った。
 ざわめき始めたクラスを、先生が数回手を打って静める。
「はい、じゃあ、ちょうどいいからクマはコグマにいろいろ教えてあげてくれな」
 はーい、子育て頑張りまーす、と間延びした返事をすると、みんなが笑った。彼女も笑っていた。私の後ろの席に座っておどおどしていたはじめの彼女の姿はなく、ただ楽しくなりそうな未来だけがそこに垣間見えた。


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