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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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八重歯

18/11/19 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:338

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 嫌な夢を見てしまった。高校の卒業アルバムの載せるための写真撮影で、カメラマンがとてつもなく面白いこと(だけど具体的には思い出せない)を言い連ねたがために、たまらず私は大口を開けて笑ってしまう。結果、私の左右二つの醜い八重歯がしっかりと写され、アルバムの片隅に……。八重歯を気にして高校時代の三年間、極力人前では笑わないようにしていて、それでも笑ってしまう時には必ず手で口を隠してきたのに。よりによって最後に、こんな失態をするなんて。

 と、思ったところで目が覚めたのだった。私は寝起きだというのに脱兎のごとくベッドを飛び出し、本棚から卒業アルバムを取り出した。自分の写っている頁を開き、自分の口がちゃんと閉じられているのを見て、あれは夢だったのだと胸を撫でおろす。そして危機を逃れた兎のように深く息をはいた。
 そんな悪夢を見たのは、おそらく昨日、歯科医院で口に装着した矯正器具のせいだと思う。「慣れるまではしばらく痛いと思います」歯科の女医はそう言った。作り物みたいな綺麗でまっしろな歯をしていたっけ。先生もやはり歯科矯正を施したのだろうか。自分で自分の歯を矯正出来るのか? 鏡に映せば可能なのだろうか? 低く流れるクラッシック音楽を聴くともなく聴きながら、どうでもいいことを思ったことを思い出した。「痛いということは、矯正がちゃんと効いている証拠なので、頑張ってくださいね。どうしても痛いようでしたら痛み止めを出しておきますから飲んで下さい」とうっすら微笑んだ先生の口紅の色はピンクで、年齢不詳な感じがした。
 最初は口に違和感がある程度だったが、家に戻り時間が経つと徐々に痛くなってきた。「夕飯食べられそうにない」と母に告げると「痛いの? 大変ね」と他人事みたいに言って、ちょっとムッとした。母も八重歯だった。あきらかに遺伝だ。この八重歯のせいで高校時代「ヤエコ」と呼ばれ続けたことの原因を作ったのは、あなたでしょうと怒りをぶちまけたかったが、出来なかった。いつも私はそうだった。入学当時になんとなく出来たグループの中で、ニックネームをつけようということになり、私は八重歯が可愛いから「ヤエコ」ってどう? と聞かれた時、ムッとしたのに断れなかった。断れば私が八重歯を鬼みたいで嫌だと思っていることを知られてしまう。そうすれば、友達は私を傷つけてしまったとショックを受けるかもしれない。自分のコンプレックスのことで友達を傷つけてしまうかもしれない。いや、もしかすると、あの子、ちょっと闇が深そう、とひかれて、せっかく出来た友達が離れてしまう可能性だってある。臆病な兎は、うなずくしかなかった。八重歯は可愛い、のだ。その言葉を信じ、その言葉に洗脳されるふりをした。
 痛みは、綺麗な歯並びを手に入れるための試練だと思い、私は昨夜痛み止めを飲まずにベッドに入った。今、この瞬間もギリギリと圧をかけられた私の八重歯は奥へと奥へと追いやられていると思えば、痛みも喜びに変わる気がした。人間ってなんて変態なんだろう。
 変革を求め、それを得るためなら、犠牲はやむを得ないのだ。耐えられる。耐えてみせると決意していたが、痛みは昨晩より強力になっていて、仕方なく痛み止めを飲んだ。結局私は弱い人間なのだ。これは死ぬまで直しようがないだろう。弱いから、心に蓋をして群れで生活するしかない。一匹狼にはあこがれもあるが、そもそも狼にとって一番大切な牙を、ないものにしようとしているのだから。薬を飲むなら何かお腹に入れなきゃという母のアドバイスに従い、ヨーグルトを食べた。
「そうまでして、矯正しなくてもいいのに」
と眉をひそめて母が言う。
「慣れたら平気だって」
私は平気な顔を装い答える。半年後、親知らずの歯を抜かなくてはならない。この先の矯正の計画を母に言ったら、もっと心配するだろう。そうでなくても百万近い高いお金を払って、病気でもないのに治療することにそもそも反対だったのだから。なので高校三年間で私は近所のスーパーでアルバイトをしてお金を貯めたのだ。
 大学に入り、私を「ヤエコ」と呼ぶ人はいなくなった。数人出来た友達とはみな名前で呼び合っている。あだ名をつけることによって、私たち仲良しなの、と縛りあう関係から解放されホッとした。これからは普通に笑おう。笑ったら銀色の矯正器具が相手に見えるだろう。だけどこれは戦う姿なのだ。隠す必要などない。
「お母さんだって、私が綺麗になったら嬉しいでしょう」
「嬉しいけど、なんかさみしい」
 空気が乾燥する季節、うっかり笑って八重歯に上唇にくっついて戻らなくなって、二人で笑いあったっけ。それは八重歯を持つ同士でなければ分からないことだ。
 母の八重歯はうっすら色素沈着していてお世辞にも可愛いとは思えないが、さよならを投げつけるほど嫌いにはなれそうもない。


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このストーリーに関するコメント

18/11/23 夏日 純希

最後の親子のくだりがほんわか良かったです。
僕個人としては八重歯ある女の子かわいいと思いますが、
本人は色々気にしてんだろうなぁ。

18/12/24 そらの珊瑚

夏日 純希さん、ありがとうございます。
八重歯がチャームポイントといわれた時代がありましたが
今はきれいな歯並びのほうがいいのでしょうね。
見た目もそうですが、歯が重なっていたりするとそこが虫歯になりやすいし。

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