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アシタバさん

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いつかどこかにある、のかもしれない風景

18/11/18 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:2件 アシタバ 閲覧数:121

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 わたしは今日も小さな町工場で働いている。
 
 下町情緒というのが色濃く残るこの地域は特殊である。世界でも有数の近代都市である東京。そうとは到底思えないほどの風景が今でも存在している。
 頭上の空を覆い隠すように高速道路の網が張りめぐらされ、陽の明かりが木漏れ日のように地上へとふりそそぐ。コンクリートに護られたどぶ川がそのわずかな光を反射し、その川沿いに小さな工場がひしめき合う。工場はどれもいつ建てられたのかわからず、外壁は、錆びたトタンのつぎはぎ、はがれてボロボロの砂壁、黒ずんだ板張りなどバリエーションに富んでいた。
 どの工場からもやかましい音がひっきりなしに聞こえてくる。木材を切る音や鉄同士がぶつかる音は威勢がいい。機械の音は無機質な唸り声のようだった。
 そんな町工場のひとつにわたしはいる。
 狭い工場は年季の入った機械たちとそれを操る油にまみれた作業服の工員たちでぎゅうぎゅうだ。ここの機械たちは金属の素材を切断したり、変形させたり、削ったり、穴を開けたり、と、単純なことを延々と繰り返し、至極精密に行っていた。鉄の弾けるような音、機械に搭載されたモーターの凛々しい音に紛れて、工員同士の怒鳴り声が聞こえてくる。
 わたしはその渦中で一心不乱にレバーを上げたり下げたりしていた。意外と集中しなくてはならない作業である。動作の度、わたしの目の前の鉄板には機械からドリルが突き立てられて、美しい真円の穴が次から次へと開けられていった。
 今しがた、禿げ頭の大柄な中年男が私の背後を忙しなく歩いていった。彼はここの社長である。汗をぬぐいながら緑色の機械に近寄って、機械から吐き出されたボルトのひとつを手に取りノギスをあてた。鬼のような表情で睨み付けている。
 一見恐ろしげな男だが、社長はこの機械に『二日酔い』というお茶目なあだ名をつけていた。社長いわく、二日酔いの日みたいに景気よく吐くから、らしい。
 社長はこの工場の機械たちすべてにあだ名をつけている。『ぱっちん』や『くりくり』『五右衛門』などもある。機械たちはよく磨かれ、頻繁に油をさしてもらい、そして可愛がられていた。
 そんな社長の性格は“好ましい”のかもしれない。
 壁の高いところに『まだ見ぬ品質へ』という看板がかかげてあり、その横に掛けられた時計が午後3時を指した。
「ロボ子。休憩しようや」
「はい」
 表情を崩し、にこやかになった社長に返事をする。
 アンドロイドであるわたしに休憩は必要ないけれど昔気質の社長と社長の奥さんは休憩時間になると冷たいお茶とお茶菓子を必ず毎日出してくれるのだ。お茶をいれた黄金色のやかんはところどころへこみや汚れが目立つ。
 工員たちは肌の色や言語も違うが一様に汗臭い。皆はわらわら集まってきて、工場にあるべニア板と一斗缶でつくった即席のテーブルを囲み、各々一服を始めるのだ。アンドロイド名:マリー(MA33J75)であるわたしも分け隔てなくそこに参加する。
「やっぱり、ロボ子がいると華やかだな」
 社長は目をへの字にしていつも同じことを言う。
 すると奥さんは決まって「まったくあんたは、こんな若い女の子の見た目したロボットを買いやがって、このドスケベめ」と社長をどつくのだ。
「ロボ子、あんたこの親父になんかされたら、すぐあたしに言うんだよ」
 いいね、と奥さんがわたしを心配して肩をゆするが、女性とは思えない力強さだ。
 社長は「まいったなぁ。しねえよそんなこと」と否定するけど、工員たちは「いや、わかんねえぞ」とか「社長サン。セクハラデスヨ。セクハラ」と好き勝手なことを口々に言うのだ、そして当たり前のように笑う。工員たちも全員、社長からもれなくあだ名をつけられていた。あだ名とは社長の愛情表現の方法なのではないかとわたしは思う。社長は意外と恥ずかしがり屋で口下手なのだ。そんな社長が未知の相手とコミュニケーションをとるために行うはじめの一歩なのである。そして、『ロボ子』はわたしがここにやってきた日にもらったあだ名だった。
 『ロボ子』はわたしにとって大切なあだ名になっている、かもしれない。
 そんな工場のこの時間は機械の音が鳴りやむかわりに人々の笑い声が絶えない。
 しばらくすると、「さあ、もうひと頑張りだ」と社長が号令をかける。すると、工員たちが一斉に立ち上がり、各々の持ち場に着く。機械たちが再び多種多様な音をあげ始め、やがて、それらが混ざり合うと規則的なリズムを生み出し、賑やかな音楽を奏で始める。ここでは、そんな時間が未来へと向かって、永遠と続いていくのだ。
 わたしはそんなここが“好き”なのかもしれない。

 だから、わたしは今日も小さな町工場で働いている。


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このストーリーに関するコメント

18/11/18 入戸月づきし

拝読しました。
連綿と続くように見えても常に変化が入り込んでいる。それすらも「日常」に飲み込んでしまう町工場の雑多な雰囲気が表れていたと思います。
いつか、社長も、工員も、誰もがいなくなる工場の光景と、その中で鉄板を切削し続けるロボ子の姿が目に浮かび、退廃の美のようなものを感じました。

18/11/19 アシタバ

TOTSUYAMA様

コメントありがとうございます。
この工場の未来に関して、私は完全に別の路線のみの想定しかしていなかったのですが、TOTSUYAMA様に無数にある可能性のひとつを創造していただき、それを伝えて頂けた驚きと嬉しさでいっぱいです。
お読みいただきありがとうございました。

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