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どようびさん

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ラベリングリアル

18/11/13 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:1件 どようび 閲覧数:242

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 アザヤ王の元に命を芽吹かせたイズフヤ王子は、当時の世界の女帝や、歴史上の美しい人達の事については誰よりも知識を有していましたが、しかし、生活の知恵については人一倍乏しいのでした。街の美麗な娼婦の名前を一つ覚える度に、食事の作法を一つ忘れてゆきます。隣町の、腰回りが民家の柱の細さ程度しかないイゾフラ嬢の話を聞き、唖然としてナイフを落として「済まない、フォークを拾ってくれ」と発言した時、アザヤ王は憤然として席を去りました。
 その後、王はイズフヤ王子を寝室に呼び出し、彼の耳をひっぱって話を聞かせました。王子の耳は奇妙に大きく、お世辞にも整った顔をしているとは言えませんでした。目は今にも双眸が眼窩から飛び出ん様相で、唇は熱を孕んだように分厚く、鼻は垂れ落ちそうなほどの大きさなのでした。王は、この醜い相貌に嫌気を感じながらも、熱弁を奮いました。
「イズフヤ、その大きな耳は、きっと私の言葉や、小太りのグドット執事の話を全て聞き取っていることだろう。我々は何も、お前の記憶力を試している訳ではない。覚えるには、それなりのエネルギーを要する。お前一人に辛い気持ちを味合わせたいわけでもない。こちらも、必要ならば、夜でも、朝でも、肉にナイフで切り込みを入れている時だって、何度でもお前に色々なことを教えてきた筈だ。イザフヤ、何故、お前そこまで覚えることに長けていないのだ?」
「父上、しかし、エジプトの絶世の美女の噂話については、一字一句違いなく、四度訪れる朝の食事の内容だって明白に記憶しております」
「しかし、それは誇れることでもなければ、必要なことでもない」
 王子が怪訝そうな表情を浮かべたので、王は溜息をつきました。
「お前には、これから私の跡を継いでもらわなくてならない。しかし、今のままでは学校に通わすことすら叶わない。我が家の恥だ。生きていく上で必要なものがまるで欠けている。それで一体どうやって生きてきた? 自分の口で言ってみろ。いつも周りが助けているではないか。昨日の事だ、ついに十年間お前の世話を見てきたグドットがナイフとフォークを言い間違えて、お暇を欲してきた。さあ、どう思う? どこかの馬鹿がいつも目の前で言い間違えるためにノイローゼになったに違いない」
「父上、お言葉ですが、そのナイフとフォークというものは一体どういったものなのでしょう?」
 この言葉を皮切りに、王はついぞ再び王子と口を利く事はなくなりました。
 この噂はすぐに宮殿で広がり、イザフヤ王子についた仇名は「無知の王」でした。
 三人の子供を持つ面倒見の良い料理人のオローフさえ、毎日のように具材の名前を聞かれることに辟易し、辞職を申し出ざるを得なくなりました。家庭教師は、どれだけお金を積んでも一か月精神が持つ者がおらず、皆発狂して宮殿を去ってゆくのでした。中には、ペンで王子の頬を刺した者もいました。イズフヤ王子は、その穴を毎日のようにほじくり、血に染まった指を暫く眺めて満足そうにしているのでした。その奇行に耐えかねたグドットは、この無知の王めがと叫びながらイズフヤ王子の頭を叩いて、狂ったままに窓から飛び降りました。
 その時、初めて王子は自分が周りからそのように呼ばれている事を気付きました。
 王子はその言葉の意味を本で調べ、初めて無知という言葉を知り、そして、それだけは忘れることがありませんでした。
 彼は、自分が無知であると自覚すると同時に、急速なスピードで物を忘れるようになり、使用人らも、本名を失念してしまう程に隠すことなく、彼を「無知の王」と呼び始めました。
 暫くして、イズフヤ王子は、朝、ふと洗面台へと向かいました。そこが洗面台と呼ばれる事も、蛇口という名称も、流れてくるものが水であるという事も彼には最早何も分からないのでした。つと、後ろを通りがかった使用人が、王子の事を仇名である「無知の王」と呼びました。それを聞き、周りを見渡す為に顔を上げると、鏡の中の誰かと目が合いました。誰かと申しましても、それは鏡に映る彼自身の他何でもないのですが、しかし、それを理解する程の知識を彼はもう持ち合わせていませんでした。なんせ、無知なのですから。
 彼は酷くその人物に怯え、自分の未来を読むかのような全く同じ行動をするそれに、もう一生付き纏われるのだと悟り、茫然自失で廊下に駆けました。そして、飾られた槍を自らの首に刺突しました。命を亡くす方法は失念していないのでした。無知の行く末なのでした。この話は、或る老人により局地的に広められましたが、誰も信じる事はなく、その老人は「嘘つき老人」との仇名を付けられ、このお話も全てがこの現実からなかったことになってしまいました。


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このストーリーに関するコメント

18/11/15 雪野 降太

拝読しました。
呼び名に引きずられるようにして自分が変質していくという展開が面白かったです。
冒頭では『当時の世界の女帝や、歴史上の美しい人達の事については誰よりも知識を有していました』とあったので、自分に興味のあることには人一倍の記憶力を発揮するタイプの話かと思っただけに意外な結末でした。

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