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上木成美さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 明日は明日の風がふく

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いつかの誰かみたいに

18/11/12 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:2件 上木成美 閲覧数:299

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羨ましかった。あだ名、ニックネーム。それは、友達の称号。君は友達だよ、と認められた証。どんなにふざけたあだ名でも、皆がその名を自ら進んで呼ぶのだ。佐知子という子の「さっちゃん」ですら、私には羨望の対象だった。常に苗字で呼ばれる人間はもはや名無しと同じなんじゃないだろうか。名簿を見るたび、テスト用紙に名前を書くたび、私は自分の名前の魅力の無さを嘆いた。

いつも明るくて華があって皆の人気者のちーちゃん。本名はちづる。クラス替えのあと、ものの3日で皆がちーちゃんと呼んでいた。誰がそう呼び始めたんだろう。いいな、ちーちゃん。もしかして、ちーちゃんって呼んで、と本人が言ったのかもしれない。そうだとしても、ちーちゃんなら嫌味もなく皆に受け入れられただろう。だって、ちーちゃんがいると教室の電気が強くなったみたいに、曇ってた空が晴れたみたいに明るくなったもの。

ひょうきんでムードメーカーのせんた。本名は仙崎コウタ。最初と最後をくっつけてセンタらしい。これもまた、誰が呼び始めたのかは分からない。ホームルームではいつも手を挙げてくだらない冗談を言い、体育祭では応援団で皆の注目を集め、面白半分で生徒会長に立候補すると、あっさり当選していた。皆が彼の一挙手一投足に注目し、次は何を言い出すのか、どんなくだらない一発ギャグをやるのか、ワクワクキラキラした目で見ていた。

サイカは本名は彩花と書いて、さやかという。名前の読み方を変えただけ。違う読み方があることも羨ましい。サイカは頭が良くてサバサバした姉御肌。困ったことがあったら皆、サイカに相談する。面倒くさいなぁ、と言いながらもサイカはちゃんと話を聞く。いつも落ち着いていて大人っぽくてカッコいい。そのせいか、先輩と付き合っていて、下校時に並んで歩く姿を時折見かけた。きっとバリバリ仕事のできる素敵な女性になったんだろうな。

真面目で秀才で、学級委員をやっていたずっち。本名は根津千秋。硬派を絵に描いたような男の子なのに、ずっちってあだ名がアンバランスで、でもだからこそ皆がずっちと呼びたがった。最初は嫌そうだったずっち。でも、慣れたのか、意外と気に入ったのか、ふつうに返事をするようになっていった。ずっちは私の初恋だった。私は一度もずっちと呼べなかったけれど。

大人になると、あだ名の呪縛から解放された。職場では誰もあだ名で呼び合わない。苗字で呼ばれることの方が普通だ。社会人としてはむしろ常識。ほっとした。今、私がいる社会では、称号は過去のもの、子供たちのもの。苦い思いは風化し、黄砂になって風に運ばれていった。


仕事の後、いつものようにスーパーで夕食の買い物をして、帰り道をのんびり歩いていた。夏の終わり、風が涼しくなって気持ちのいい季節だ。この心地よい気候はあっという間に終わってしまうことを体が知っているからか、切なくなる。もう少ししたら肌寒くなり、冬が近づいてくる。公園の木々が葉を揺らす音が耳を撫でる。大好きな音の一つだ。徐々に暗くなっていく通りを子供たちが駆けていく。

ーせんくーん!まってー!
ー早くしろよー!ちーこー!暗くなったら母ちゃんに叱られちまうぞー!
ーうちのママは怒んないもーん!
ーいいから早くー!

せんくん、ちーこ。せんた、ちーちゃん。あの子たちは今、なんて呼ばれているんだろう。あの頃の憧れ。あの頃の痛み。本当は、忘れてなんかない。ずっとずっとずっと欲しかった。私の、私だけの称号。自分で考えた沢山の自分のあだ名。どれがいいかなー、なんて妄想した日々。誰も口にする事のなかった私のあだ名。痛々しい。思い出したくもない。本当は名前のせいじゃないって分かっていた。飛び込めなかった私が悪いのだ。縮こまって遠くから皆を見ていた。意気地なしだっただけだ。小さくて暗い、狭くて寒い。でも出て行かなかった。
それでも願ってしまうのだ。大人になったはずの幼い私は、まだ、誰かが呼ぶ私のあだ名を聞きたくて、耳を澄ましている。


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このストーリーに関するコメント

18/11/15 雪野 降太

拝読しました。
『大人になると、あだ名の呪縛から解放された』という一文は、聞きようによっては不本意なあだ名を付けられてしまった人物の言葉のようで、実のところあだ名すらない透明人間側の安堵と失意であるという構成が好みです。
主人公が回想を巡らすのは、何かきっかけがあったのか、それとも常態化しているのか……そのどちらかかでも話の見え方が変わりそうです。

18/11/18 上木成美

凸山▲さん

コメント、ありがとうございます。

読んで下さって、とても嬉しいです。自分が書いたものではありますが、頂いたコメントで、そういう見方もあるのだな、と新しい発見がありました。ありがとうございます。

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