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hayakawaさん

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ゴキブリ

18/11/12 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:1件 hayakawa 閲覧数:298

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 小さい頃、壮太と名付けられた少年は、発達が遅く、幼稚園に入学しても友達も作らずに一人で過ごしていた。
 壮太の母親はそんな彼を懸命に幼稚園に通わせようとしたが、彼は泣き叫んで嫌がった。母親はそんな様子を見てとても不安な気持ちになった。
「この子の将来は大丈夫かしら?」
 母親は父親に問い詰めた。
「大丈夫だろう」
 寡黙な父親はそう言って酒を飲んだ。仕事はできるが、子供のことは一切母親に任せきりだ。父親は泣きながら幼稚園から帰ってきた彼が寝ているのを眺めながら無関心そうにそう言った。
 小学校に上がっても壮太に友達はできなかった。彼はひたすら与えられたゲームに熱中している。母親はどうしたらいいかわからないでやはり不安だった。
「この子を私立の小学校に入れるべきだった。そうすれば友達もできたかもしれない」
「大丈夫だろう」
 父親は相変わらず無関心そうにそう言って酒を飲む。母親は不安で仕方なかった。
 小学校の高学年に上がると壮太へのいじめが始まった。
「やーい。ゴキブリ」
 クラスの男子生徒がそう言って、給食のパンのカスを投げつける。
 壮太はただ黙ってそれに耐えていたが、我慢の限界が来たらしく、小学校を終える頃には不登校になった。
 中学校も初日だけ行き、その後は家に引きこもっていた。この頃から壮太の中に自我が芽生え始めた。
 薄暗い部屋の中で夜にノートに、死にたい、と書き綴った。母親は壮太をどうにかしようと昼にランチに連れていく。
「大丈夫よ。あなたは焦らなくていいから」
 母親は彼にそう声をかけた。
 壮太は不器用にファミリーレストランのパスタを食べながら、母親の目から視線をそらせていた。
 中学校を終え、壮太は通信制の高校に通い始めた。この頃壮太と同じような境遇の生徒と触れ合うようになり、壮太に生まれて初めて友達ができた。
「この間のアニメ見た?」
 壮太に話しかけてくる小柄な同級生がいた。
「見たよ」
「おもしろかったよな」
「うん」
 そんな会話をスクーリングのある日に壮太とその友達は交わした。
 家に帰り、母親がリビングにいるのを見つけると彼は母親に話しかけた。
「お母さん。今日学校で友達と話した」
 その瞬間に母親は泣いた。普段見ない母親の姿にただ壮太は唖然とし、そして恥ずかしさが胸からこみあげてきた。
「よかったね」
 母親は泣きながらそう言った。
 夜、壮太が部屋にいる間に父親と母親は話をした。
「今日、壮太が初めて友達と話したって」
「それはよかったな」
「やっぱり私の育て方が間違っていたのかしら」
「大丈夫だよ」
「周りの子はね、部活で活躍してる子もいれば、大学受験の準備をしている子もいるの。みんな当たり前みたいに友達と遊んでいる」
「大丈夫だよ」
 父親はそう言って、酒を飲んだ。酒が父親の唯一の楽しみのように母親からは見えた。
 壮太が高校を卒業するころには昔の同級生は大学に進学したり、働いていたりした。
 母親は壮太を病院へ連れていった。そこで言われたのは発達障害という言葉だ。母親も壮太もある程度覚悟していた。
 そして壮太は就労支援所へ通い始めた。内心人生をあきらめていた壮太はそこでパソコンに日々の悩みを書き綴った。
 結局、最後に出てくる言葉は、生まれて来なければよかった、という内容だ。
 高校を卒業してから二年経った時、壮太は夜の街を歩き回るようになった。そこには依然よりも活発になった壮太がいた。
 壮太は自分自身が生まれ変わったと思っていて、これで人生も好転するだろうと思っていた。
 母親は壮太の様子がおかしいと思い、また病院に連れていった。けれど、医者は何も言わず、少し変わった薬を処方するだけだった。
「あの子、大丈夫かしら?」
「大丈夫だろう」
 父親の酒を持つ手が震えている。母親は敏感にそれを感じ取っていた。
 それからしばらくして壮太は病院に入院した。将来は弁護士になると言っていた。母親は、無理だろうと思った。
 病院を退院してからリビングで勉強に打ち込む壮太を見た。彼は小学校のドリルの問題を解いていた。
 そして皆が大学を卒業するころに、私立の法学部に合格した。母親はまさかあの壮太が大学に入学できるなんて思っていなかった。
 それから壮太は大学の弁論サークルに入り、その大学をトップクラスの成績で卒業した。有名な私立の法科大学院に進んだ頃にはもう過去の弱弱しい、あのゴキブリと呼ばれた壮太の姿はなかった。
 壮太が司法試験に合格し、弁護士になった時、母親はまた泣いた。父親は相変わらず酒を飲んでいた。
「まさか、あの子が弁護士になるなんて。この先大丈夫かしら?」
「大丈夫だろう」
 父親はそう言って笑みを浮かべた。

 


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このストーリーに関するコメント

18/11/15 雪野 降太

拝読しました。
主人公へ給食のパンを投げつけるという残酷な仕打ち。悲しくなります。現在の学校給食用規格パンというのは食パンからバター、ミルク、黒糖、チーズ、レーズン、かぼちゃ、ナッツ等のロールパン、クロワッサン等多種多様なパンが提供されています。いずれも小麦粉を80〜100g使用し、戦後の完全給食導入以降の海外・国内の利権と政策的駆け引きという歴史的背景を感じさせる、風味豊かな給食パンは投げつけることなく美味しくいただいて欲しいですね。

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