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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
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あなたとあだ名と徒花

18/11/03 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:172

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 クラス全員からあだ名で呼ばれているあなたを、私はあだ名呼びすることができない。
 さらに苗字の高山“くん”呼びなのが全然距離を詰められていない証拠なのだけど、身の程知らずなのは重々承知で、私はあなたのことが好きなのだ。

 きっかけは、私があなたに三回も助けてもらったから。風邪気味でぼけーっとして、赤信号の道路にふらーっと飛び出したときに、あなたは私の腕を掴んで引き戻してくれた。ペンケースを家に忘れてきて、それを誰にも言い出せない気弱な私に気がついて、筆記用具を貸してくれた。
 そして一ヶ月前、最近流行りのウエツケムシが私の肩に乗っているのを彼は見つけ、笑いながら追い払ってくれたのだ。

 私はあなたのことを、どんな危険な目に遭っても颯爽と現れて助けてくれる王子様だと思っているけど、あなたにとっての私は鈍臭くて冴えない、クラスのなかでもまるで興味を持てない側の人間に過ぎないのだろう。

 いや、人間ですらない。
 友達もおらず、教室の隅っこの席で孤独に読書をしている植物なのだ。実際にクラスメイトが私のことを植物扱いしたあだ名をつけて陰口を言っているのを耳にしたことがある。

 高山くんは私にとってもクラスのみんなにとっても人気者で、まるで太陽のようだけど、私にその光は眩し過ぎるから、直視ができない。
 私のなかであなたに対する恋心ばかり光合成ですくすく育つけど、そんな希望のない想いを芽生えさせても苦しくなるだけだから、たまにあなたから視線を逸らして本の世界で水浴びしないと、反対に私は枯れてしまいそうになるのだ。

 ーーでもそんな風に、私が一人で悩んでいる日々はまだ幸せであって、ある日高山くんが死んでしまう。

 最初は突然学校に来なくなり、それが一週間くらい続き、先生が彼の母親によくよく確認すると、自室から出てこなくなったようだった。
 原因は、実は私にあれだけ注意喚起していたのに、彼は数十匹のウエツケムシに自身の体を好きなように噛ませるという、自殺を行なっていたのだった。

 ーーウエツケムシは日本で数ヶ月前から繁殖を続けている、新種の生物だ。
 その虫は人を噛み、傷口に種を植えつけ、その種は寄生した人間から栄養源を吸い取って成長し、綺麗な花を咲かせる。彼はベッドの上を花畑にし、その生涯に幕を下ろしたのだ。

 高山くんのお葬式でただ一人、ぼろぼろと涙を流す私は「え。この子って、高山くんにそんな思い入れあったの?」って周囲の空気をひしひしと感じるけど、私は高山くんのことが心底大好きだったのだ。
 その証拠に、あの日高山くんが追い払ったウエツケムシは、部屋の机の上にいる。高山くんが去ったあと、こっそり私は虫を自宅へ持ち帰っていたのだ。

 小瓶のなかでのそのそと足を動かす、小さな私の思い出。
 だけど高山くんが去った今、彼との思い出はどう足掻いても、今後更新されていくことがなくなってしまった。

 深く絶望した私は、この世に未練など残っていないし、せめて最後に高山くんと同じ気持ちを味わってみたいと思い、ウエツケムシを瓶から出すと、私は左手を差し出した。
 私はこの手から一体、どんな花を咲かせるのだろう。

 しかし結論から言うと、私の左手に生えた芽は、ほんの数日で朽ちてしまった。傷跡もすぐになくなってしまったのだ。

 私はいつか読んだ小説のことを不意に思い出す。
 その物語のなかで、主人公の女の子がどれだけ自分を着飾っても、好きな人に振り向いてもらえないという、想いが実らない失恋エピソードがあった。
 そして、花が咲いても実を結ばず、散ってしまうものを徒花(あだばな)というらしく、まさに主人公と徒花の境遇が重なっているという比喩が用いられていたのだ。

 そうなると、この手に一輪の花すら咲かせず終わってしまった私は、一体なんなのだろう。
 あなたをあだ名で呼ぶことができるくらいの間柄だったら、彼の悩みくらいは聞けたのだろうか。

 後悔ばかりが募る毎日だったけど、ある日私は衝撃の事実に辿り着く。
 といっても、彼のことが好きだった私は、その輪のなかから当然外れていて、高山くんはほぼクラスみんなからイジメを受けていたのだった。
 一見なんてことない高山くんのあだ名に、実は酷い意味が込められていることをみんなの陰口から知り、私は過去を振り返る。
 もしかして高山くんは人気者ではなく、ずっと“笑い者”にされていたのではないか。
 だから高山くんのお葬式で“私だけ”が泣いていたのではないか。
 元々足りなかった生きる希望は、さらに私から損なわれてしまった。

 ……今日も私はいつものように、教室の隅で本を読んでいる。
 みんなが私を陰で呼ぶように、植物は植物らしく根を張っている。

 ーーだけどここに、あなたの光はもう届かない。


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