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仇名

18/11/03 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:0件 新世界 閲覧数:69

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「えー、であるからして、言葉というのは言霊とも呼ばれ、昔の人は『言霊』には力が宿ると思っていた訳だなー。面白いねー」
 大して感情の籠らない声で教師は言った。古典か歴史か、何の授業だったかは覚えていない。百合子はただ窓の外を眺め、流れる雲をボケっと見ていた。

 なぜ? 何がきっかけだったんだろう。
『出ない杭は打たれない』平凡で平和な学生生活の筈だった。心から馴染んでいる訳では無かったが無難なグループに属し、卒なく過ごして来た。それが今はどうだ。机には油性ペンの落書き、引き出しやロッカーはゴミ箱にされ、チャットアプリでは罵倒されディスられ、つまり虐められている。訳が分からなかった。理由の分からぬまま、ただ身震いした。私はいつもの様に、ただクラスメイトと話をしていただけだったのに。

 その日、体育の授業はバスケットボールだった。私は自分に訪れるであろう『不慮の事故』についてある程度の予想はしていたが、まさかそれが顔面に直撃するとは思っていなかった。丁度出入り口に立っていたので衝撃のまま後ろに倒れ、段差を踏み外して後頭部を打った。意識はあったがみっともなく鼻血が出て、額からも生ぬるい物が流れ落ちる感触がある。周囲からは嗤い声が上がり、それ以来私のあだ名は『紅緒』となった。

 学校には幾つか七不思議の様な物がある。『紅緒さん』というのもその一つで、昔虐めを受けていた女生徒が相手の生徒達を次々と刺し殺し、その血が帯の様に後を引いて廊下を染め上げた、らしい。そのあだ名には呪いの力があり、その名で呼ばれた者の周囲では不幸が起き、最終的には紅緒自身も命を落とすと云う。ただ現代において、少なくとも私を紅緒と呼ぶ彼等はそんな呪いなど信じてはいなかった。彼らの関心は日々の退屈をどう凌ぐか、それのみなのだ。彼女たちは毎日飽きもせず私を紅緒、紅緒と囃し立て、物を投げ、蹴りつけた。血を流せば喜んではしゃいだ。日々エスカレートする行為に私の心は物を感じなくなった。最初は恐怖や苦痛もあったが、今となっては何も無い。そう、何も無かった。

 落ち葉が散り、風が冷たくなってきた頃。登校するとクラスは異様な静けさと空気を漂わせていた。引き戸の前に立つ私に、視線が一気に集まった。そこかしこでコソコソと話し声が聞こえる。やがて担任が入ってくると生徒を席に座らせて、神妙な顔つきで「A子が交通事故で亡くなった」と言った。

 A子は自ら好んで先頭に立ち、私を虐めて楽しんでいた女子のリーダー格だった。彼女の事故はニュースでも取り上げられ、轢き逃げようとした犯人に数メートル引き摺られる無惨な犯行だったと言う。クラスメイト達はそれが紅緒の、私の呪いのせいだとでも噂していたのだろう。以来、私への過激な虐めは勢いを失ったが無くなった訳でもなく、多少減った程度で続いていた。生き物の死を何とも思わない。私たちはきっと人では無い。水浸しの上履きを眺めながら、そう悟った。

 その後、A子の取り巻きだったBが書架整理中の棚が落下して下敷きになり意識不明。Cは部活中の着地ミスにより首の骨を折った。それが事故か呪いかなど知る由もない。ただ、百合子が虐められる前に仲良くしていた愛美が恐怖と罪悪感から自殺を図り、そこから事態を重く見たPTAと学校側がトラブルになった。どこから嗅ぎ付けたかメディアまでが騒ぎ出し、私への虐めは急速に鎮火した。

 愛美の自殺は未遂で終わった。まだ意識の戻らない彼女は入院している。点滴に繋がれ、血の気の無い愛美を見ていると、失った筈の何かが心の奥から込み上げた。普通だった私をこんなにも変えてしまった、あの無邪気な悪意を憎悪すると共に、仲良く過ごした愛美との楽しく眩しい日々が蘇った。

 悲しい、苦しい、痛い、憎い、憎い……。
 何も感じないと蓋を閉めていた私の心の中には、自分では気付く事を恐れていた悪意が渦巻いていたのだと知った。

『言葉には力が宿る』顔も覚えていない教師の言葉を思い出す。

 彼女たちが吐き捨てた言葉が、私が呟き続けた言葉が、力を持って呪いを起こしたとでも言うのだろうか。堰を切った感情の奔流が、私を押し流していく。(私がどこかへ行ってしまう……)
「私は紅緒」
 眠る愛美の髪を撫で、私は病室を後にした。

 早朝、美術部で早く登校した百合子の体は白く冷え切っていた。脚に、腹部に、何度も彫刻刀を突き刺した跡があったという。窓辺の光を求めたのか、百合子が体を引きずった跡は、まるで赤い帯の様に長く伸びていたそうだ。


「だから言ったじゃない、言葉には力が宿るって」人気の無い屋上で、不謹慎にタバコをふかす男が居る。
「なんとも、後味が悪いねえ」大して感情の籠らない声で呟くと、男は校舎に戻って行った。
 すり潰したタバコの煙だけが空へと還って逝った。


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