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若早称平さん

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名探偵のナミダ

18/10/31 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:2件 若早称平 閲覧数:263

時空モノガタリからの選評

兄のツヨシが、義姉であるナミの子供時代のあだ名をパスワードにしていたというエピソードがテーマをうまく生かしていて、直接的な言葉よりもナミへの愛情の強さを印象的に物語っていると思います。また主人公の「私」とナミさんが互いに思いやっているのが感じられるのが素敵で、亡き夫を思うナミの気持ちが伝わるラストがとても胸に迫ってきました。

時空モノガタリK

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 義姉のナミさんから久しぶりの連絡がきたのは兄が亡くなって半年経った十月の終わりだった。ナミさんと私は歳が近いのもあり兄の生前は兄抜きでもよく遊びに行ったりしていた。気の合う友達のような関係だったが、兄が交通事故で亡くなって以来、法事以外で会うことはなくなっていた。私と会うことで兄のことを思い出してしまうのかな? などと考えて私から連絡することも控えていた分、「明日会えない?」とナミさんから言われた時には久しぶりに恋人に会うように胸が躍った。

 仕事を終えた私はハロウィンで浮かれた街を駆け抜け、ナミさんと待ち合わせた居酒屋に向かった。昔よくここで兄の愚痴や仕事の相談をしたことを思い出し、頬が緩む。先にカウンターに座っていたナミさんは少し痩せたように見えたが、私を見つけると元気そうに手を振った。
 ひとしきりお互いの近況を報告し合い、とりとめのない話に談笑した。笑った時にちらりと覗くナミさんの八重歯が私は好きだった。
「そろそろ本題なんだけどね」
 目の前の料理をあらかた平らげ、三杯目のハイボールを注文すると、ナミさんは足下に置いていたバッグからノートパソコンを取り出した。野球チームのステッカーがベタベタと貼られたそれには見覚えがあった。兄のパソコンだ。
 ナミさんはパソコンを起動し、私に画面が見えるように向けた。ログイン画面でパスワードを求められている。ナミさんが「パスワードのヒント」というところをクリックすると「子供の頃のあだ名」と表示された。
「これね、ツヨシのお葬式が終わって、しばらくしてからずっと試してるけど全然開かないの。子供の頃なんて呼ばれてたか、心当たりない?」
 ナミさんはこれを見つけて以来毎日三回、ログインを試みているそうだ。名前を文字ったり、兄に聞いた幼い頃のエピソードから連想したり、大文字小文字を変えてみても成果が得られず、万策尽きて私にヒントをもらおうと思い立ったらしい。一緒に見せられたノートにはナミさんの試行錯誤の跡がびっしりと刻まれていた。
 私は袖のほつれを直すように繊細に、時には運動会の綱引きのように大胆に記憶の糸をたぐり寄せる。でも私が思いつくような候補はすでにナミさんのノートに収録されていて、結局「ごめんね、ありがとね」と少し浮かない笑顔をさせることになった。
「本当はこのパソコンの中身にはあんまり興味がないんだ。だってどうせ草野球の成績とか、仕事のメールとかしか入ってないんだろうなって分かってるもの。ただ彼が子供の頃ね、私と出会う前はどんな子でどんなあだ名で呼ばれてたのかな? って想像するのが楽しかったの。ごめんね、変なことに付き合わせちゃって」
 私は髪が乱れるほど首を振り、同時にあぁナミさんはまだ兄のことが好きなんだなと痛感した。兄のことを話すナミさんの表情は昔と変わらずキラキラしていて、そんなナミさんを置いてけぼりにした兄に少し腹が立った。「バカ兄貴!」と居酒屋の天井に向かって叫ぶとナミさんが笑った。あんたの好きだった人はまだあんたを想いながら生きてるよ。どうにかしなよ、バカ兄貴。

 その時稲妻に打たれたように降って湧いた閃きはもしかしたらそんな私の心の叫びが天国の兄に通じた結果だったのかもしれない。ノートパソコンをバッグにしまおうとしていたナミさんの手を止めた。
「ねえ、ナミさんの子供の頃のあだ名ってなんだったの?」
 ナミさんは怪訝そうに一考したあと、口からこぼれた思い出し笑いを右手で受け止めた。
「コナミって呼ばれてたの。名探偵コナミ。小学生の時漫画のコナンが好きで、似たようなメガネまで掛けて友達と探偵ごっこをよくやってたなぁ。いまでも時々アニメを観てるのよ」
 ナミさんの意外な一面に私は本来の目的を忘れてコナンの話に夢中になってしまった。私もナミさん同様アニメを観ていた。
「パスワードを探すなんて、久しぶりに名探偵コナミの血が騒いだんじゃない?」
 そう自分で言うまでパスワードのことをすっかり失念していた。私は慌ててもう一度ログイン画面を開くようにナミさんにお願いをした。
「konamiって入力してみて」
 ナミさんが私を見る。
「だって兄自身のあだ名だとは限らないでしょ?」
 ナミさんがゆっくりとキーボードを叩く。真剣な眼差しでエンターキーを押すも「パスワードが違います」と表示された。今度は頭だけ大文字にして試してみる。
「あのバカ兄貴もね、ナミさんのこと大好きだったんだよ」

 トップ画面にはナミさんの予想通りのフォルダが並んでいた。そんなことよりも、と私はナミさんにハンカチを差し出す。
「大丈夫、嬉し涙だから」
 多分今のナミさんには涙で滲んで見えていないはずだ。兄とナミさんが笑顔で並ぶ壁紙を。だから泣き止んだら、彼女はもう一度泣き出すだろう。


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このストーリーに関するコメント

18/11/01 文月めぐ

拝読いたしました。
時空モノガタリに投稿された小説でこんなに泣いたのは初めてです。
素敵な小説をありがとうございます。

18/12/25 たま

すごくいいと思います。
小説らしい、かたまり感があって、いやいや、もう脱帽です。
発想も、語り口も無理がなくていいし、結び方も素晴らしい。
思わず目が覚めましたよ^^

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