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吉岡幸一さん

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すき間くん

18/10/31 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:3件 吉岡幸一 閲覧数:458

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 すき間くんの本当の名前は田中一郎という。だが、この三ヶ月間だれも田中くんとも一郎くんとも呼ばない。みなこの平凡な名前がはじめから存在しないかのように、すき間くんと呼んでいる。

 三ヶ月前、T町で地震があった。震度3程度の地震ではあったが、運悪く倒壊した家があって、田中一郎はちょうどその現場に居合わせた。
「母が家の中に取り残されているんです。この潰れた家のどこかで下敷きになっているんです。助けてください」
 年配の女が家の前で叫んでいた。崩れた家の前にいる数人は、ただぼんやりと為す術もなく見ているだけだった。
「警察や消防署にも連絡しました。そのうち自衛隊だって駆けつけてお母さんを助けてくれますよ」
 田中一郎が慰めるように言うと、年配の女は泣きくずれ地面を濡らした。
「待っている間に死んでしまったらどうしよう。もし私の手でも助けられる場所で倒れていたらと思うと……」
 年配の女性はすり寄ってきて田中一郎の足首を強くつかむと「どうか助けてください」と、涙ながらに懇願した。
 田中一郎は悩みに悩み抜いた。役に立てることはわかっていた。ただそれをするとその後に起こる反応が怖かった。「けして人に見せてはならない」と、亡くなった父親からはきつく言われていた。
 苦しそうな涙を無視することはできなかった。自らの秘密を守るよりも、命を救うことが大切だと思い決意した。
 田中一郎は上着を脱いで放り投げると、体をひねり細長く平たくなって、潰れた瓦礫のわずか5センチのすき間に入っていった。まるで体がスライムのようにグニャグニャになってゴムのように伸び縮みした。
 瓦礫の下に消えた体は2分後にはまた瓦礫の下から現れた。細長く平たくなったスライムのような体は板と板のすき間からにゅるっと出ると、すぐに縮んで膨らんで人間の形を取り戻していった。
「すぐそこの倒れた冷蔵庫の下にお母さんはいます。生きています。これなら自衛隊でなくても僕らの手で助けられます」
 そういうと田中一郎は3メートル先の壁が崩れたあたりを指さした。
 あっけにとられて眺めていただけの人達が、田中一郎の勢いのある言葉に背中を押され一斉に瓦礫のなかに入っていった。
 板や瓦や家具をどけて、冷蔵庫を持ち上げると老いた女が体を丸くしていた。
 声をかけると、顔をあげて「ありがとう」と老いた女は礼を言った。怪我をした様子もなく、すぐに立ち上がると側にきた娘に抱きついた。

 このときから田中一郎は尊敬と親しみを込めてすき間くんと呼ばれるようになった。すき間くんの噂はSNSやテレビニュースなどを通じて急速に広まっていった。
 そのおかげですき間くんには依頼が殺到した。なにもそれは家屋の倒壊によるすき間からの調査だけではなかった。ビルとビルの僅かなすき間に入り込んだ猫を助けたり、自動販売機の下のコインを取ったり、家の中の家具のすき間などに入って取れなくなった財布を取り出してあげたり、鍵をなくして家に入れなくなった人のために、ドアのすき間から入って鍵を開けてあげたりした。
 すべてボランティアでしていたので一銭にもならなかったが、困った人を助けることはすき間くんの大きな喜びになっていた。
 しかしそういった日々は長くは続かなかった。父親が言った「けして人に見せてはならない」という言葉の意味がやがてわかる日がやってきた。

 いつものように人助けのために頼まれた家で、体をスライムのように体をグニャグニャにしてすき間というすき間に入って、なくしたというダイヤモンドの指輪を探した。あらゆるすき間に入って探したが結局ダイヤモンドは見つからなかった。
 役に立てなかったというだけなら、まだよかったのだが、何を誤解したのか依頼主の女はすき間くんが見つけたダイヤモンドを盗んだと町中に言いふらした。
「すき間の奥で見つけたものだから、私にはわかないと思ってポケットにしまったのよ。見つかりませんでしたと言えば済むとでも思ったのでしょうよ」
 すき間くんは必死に盗っていないことを説明したが誰も信じなかった。依頼した女の家が検察関係者の家だったこともあり、すき間くんの言うことよりも依頼した女の言うことの方を人々は信じたからだった。

 すき間くんは長年暮らしたT町を離れ、今はM町で暮らしている。M町はT町から飛行機で一時間半かかる距離のため、誰もすき間くんのことを知るものはいない。ネット情報などから、すき間くんというニックネームは聞いたことがあったとしても、この町にいるとは誰も思っていないだろう。
 すき間くんはこのM町でありふれた田中一郎に戻り、いまではすき間に潜り込むこともせず静かに暮らしている。たとえ自動販売機の下のすき間にコインを落としたとしても手を入れようとすらしなかった。


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このストーリーに関するコメント

18/11/08 文月めぐ

拝読いたしました。
吉岡さんの不思議な世界観がしっかりと表れた小説だと思いました。

18/11/23 雪野 降太

拝読しました。
驚きの超能力……にしては、やや地味めな『すき間くん』。活躍も、やはりやや地味で、悪の組織も政府の研究機関も相対する敵役も登場しない。ですが日常にある異能というのはこういうものなのかな、と納得してしまいました。きっと他の「才能」であってもそうなのでしょう。後段では、語り部すらも『田中一郎』ではなく『すき間くん』と一貫して呼んでいるところに、逃げ切れない不穏さのようなものを感じました。

18/12/17 吉岡幸一

文月めぐ様
すみもてわたる様
コメントをいただきありがとうございました。

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