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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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忘れられたあだ名

18/10/23 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:120

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 さすがに40年もたてば、当時の面影は影も形もないと誰もが思っていた。
 が、同窓会会場のレストランに集まった面々は、たしかに髪が薄くなったり、また白髪もめだつものもいて、最初のうちこそ遠慮がちに顔をみあわせていたものの、老齢の先生を囲んでテーブルに座り、簡単な自己紹介もすんで、食事がはじまり、アルコールもはいって和やかな空気が生まれるにつれ、忘れていた小学生のころの顔が、しだいによみがえってきたふうだった。
 当時クラスに野口という女性がいた。子供の目にもなかなかの美形で、クラスでは学級委員をつとめ、生徒会長にも立候補するほどの才媛でもあった。いまは多少ふくよかになってはいてもその怜悧そうな美しさは昔とかわらなかった。もうひとり、こちらは美人でもなく、勉強もできなかったが、男子からも女子からも人気のあった沢という女性がきていた。いまも、頭のほうはわからないものの、ちっとも美人ではないのはそのままだが、なぜか人をひきつけて、テーブルにいる彼女にみんながやってきては、挨拶がわりに声をかけている。
「見た目は変わっても、その人の持ち味というものは、何年たっても変わらないものだね」
 長谷信夫が、当時なかよくしていた女の子できょうも、何十年ぶりに顔をあわすなり、やあ、と親しげに声をかけてテーブルにならんですわった宮園花にいった。
「そうね。子供のころかわいかった子はやっぱりかわいいし、のんびりしてた子はいまみても、のんびりしてるわね」
「きみなんかも、おてんばぶりは、いまも健在なんだろうな」
「ま……」
 唇をとがらせる彼女をみて信夫は、話題をかえるつもりで、
「とはいえ、彼女だけは、例外だったな」
「それって、もしかして、あの方のこと――」
 と、宮園花は、壁際のテーブルに座っている一人の女性に視線をむけた。
 華やかなオーラのようなものに包まれている彼女をみたとき、どこかの麗人がまちがってこの席にまぎれこんだのではと思ったほどだった。ほかのものたちもみな、ちらちらと彼女のほうそれとなくうかがうようにみているところから、二人とおなじ気持ちだったのではないだろうか。自己紹介で彼女が、若林絹子となのるのをきいて、驚きに目をみはらないものは一人もなかった。
「ほんとに、若林さんなんですか」
 花などはわざわざ本人の前まででむいていって、たずねたほどだった。
「ええ。あの若林です」
 ――あの若林。その言葉に当時の彼女のすべてがこめられていた。みんなの記憶のなかの彼女はいつも、すんたらずでおまけにつぎはぎだらけの服をきていた。父親がのんだくれで、酔っぱらったあげくいろいろ問題をおこすような人間だった。生徒たちは親が話すそんな彼女のめぐまれない家庭環境を耳にすると、わけもなく仲間外れにしては影にまわって彼女を揶揄するあだ名を口にした。
 若林絹子は専門学校卒業後ファッションデザインの道を進み、才能を認められてこの業界で花形デザイナーとなり、いまではファッション界をリードする存在となって日本とフランスをひんぱんに行き来していると自ら語った。
「ぼくはみなから、馬さんとよばれていました。子供のころから馬面だったので」
 山本という男がひょうきんな調子で語ると、あたりからどっと笑いがもれた。
「あたしは、サッちゃん」
 みんなもつぎつぎに、当時じぶんにつけられていたあだ名をよみがえらせていくうち、酒も手伝ってますます親しみがわいてきた模様で、先生もそんなみんなをうれしそうにながめている。
「あだ名というのも案外、忘れないものね」
 宮園花はふと、若林絹子をみた。
「若林さんのあだ名は……さすがに、おもいだせないけど」
「おれも、記憶にないな」
 それは信夫と花にかぎらず、ここにいるだれもがおなじようだった。
 同窓会はお開きになった。みんなは店の前で次回またあおうと、酔いのまわった顔でいいかわしながら、別れていった。 さいごに長谷信夫と宮園花が出てくると、すこしはなれた歩道に若林絹子の姿があった。
「花ちゃん、彼女のあだ名、ほんとうに忘れたのかい」
「おぼえているわ。でも、いくら昔のことでも、いえなかった」
「そうだよな。みんなもおなじ気持ちだったと思うよ」
「そうよね。穴あきパンツか。ほんとにあのころのみんなって、あたしもそうだけど、よくあんなこといえたもんだわ」
「まったく」
 ばたんと車のドアがしまる音がして、若林絹江をむかえにきた高級車は、しずかにはしりだした。車内では絹子が、ぽつんと、
「穴あきパンツ……。忘れているはずはないと思うけど、みんなしらないふりをきめこんでいたみたい。この40年、かれらもかれらなりに苦労はしてきたみたいね」
 彼女の思いは同窓会からすでに、明日とびたって行くフランスのことでいっぱいになっていた。



 


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