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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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素顔のメッセージ

18/10/22 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:137

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 カフェから出ると、雨上がりの街からはオレンジ色が消えかかっていた。ちょっと長居しすぎたみたい。会社帰りの紗希は自分の頭を小突いた、今日は晩御飯の当番だ。しっかりしなきゃ、社会人一年生。折り畳み傘を鞄にしまおうとすると、丁度スマートフォンのメロディが鳴った。
「もしもし、お母さん?」
「ああ、紗希。今どこにいるの」
「駅前。もうすぐ帰るから」
「そう。そういえば、松木戸先生から葉書来てるよ」
 先生から? 紗希は首を傾げた。
 年賀状と暑中見舞い。年に2枚の葉書だけの交流はもう6年になる。季節外れのメッセージは、紗希の時間を中学時代に巻き戻した。


「この間の模擬テスト、粘り強いお前らしくないぞ?」
 塾の講師だった松木戸は、『熱血先生』と渾名されるほど情熱的で親身になってくれた。当時の彼は青年とはいえ、紗希にとっては頼れそうな唯一の大人だった。相談がある、といって近くのファーストフード店に呼び出すのには勇気が要ったが、松木戸は律義にも約束を守ってくれた。
「何かあったのか」
「塾をやめることになりました」
 それ以上話すことにためらいを覚えたが、松木戸は身を乗り出して話を促した。
「気になるよ。生徒を笑顔にするのが先生の仕事だから」
「……ありがとうございます」  
 俯く紗希は、胸にしまっていた家庭の事情を打ち明けた。
 父がリストラに遭ったこと。
 家計が苦しくなり、塾をやめて志望校も変えざるを得ないこと。
 でも本当につらいのは、自分の事じゃない。
「父はお酒と愚痴が多くなって、母と喧嘩ばかりしています。このままじゃ、家族がバラバラになっちゃいそうで……」
 長い話になった。上手く口に出せない言葉を寄り合わせながら、紗希は懸命に話した。涙声になりながら、幸福が崩れる恐怖を口にした紗希に、松木戸はハンカチを差し出し、「よく頑張ったな」と励ましてくれた。
「私、もうどうしたらいいか……」
 話し終え萎れる紗希に、松木戸は鞄に入れていた何かを差し出した。
「まだ、終わってない」
 先生の優しい声が、不安を止めた。
 突然、目の前に置かれた便箋に紗希は戸惑ってしまう。
「ここに君の願いを書いて、ご両親に渡すといい。これから自分がどうしたいのか、お父さんやお母さんとどう過ごしたいのか、ありのままに」
「でも……」
「言葉より切れ味の良いナイフはない。だから言いたいことほど、傷つけることを恐れて迷ってしまう。けれども言葉をきちんと鞘に納めて相手に伝えれば、人を癒すことも出来るのだから、きっと大丈夫だよ」
 松木戸の言葉は柔らかく紗希の胸にしみ込んだ。その場で便箋に鉛筆を滑らせると、次第に尖っていた心が丸まってくる。顔を上げると、陽だまりの猫のように穏やかな表情で、松木戸は見守っていてくれた。  


『どうか喧嘩しないで欲しい。
 たった三人だけの家族なのだから。
 辛い時ほど力を合わせて乗り切ろうよ。
 お金は足りなくても、
 愛だとか、夢だとか、希望だとか、
 大切なものは、心の貯金にちゃんと残してあるからね』


 両親にあてた手紙は短かったが、父と母は何度も読み直していた。
 生活に追われるあまり、娘が何を考えているか、及びもしなかったのだろう。面と向かって言えない本音を伝えることが出来て、紗希もほっとした。松木戸のいう通り文章は癒しなのだろう。それからは両親も仲直りして、家族一緒にやり直そうと言ってくれた。
 塾を辞める前に紗希がお礼を言いに行くと、彼は頭を掻いて、そんなに頭を下げるなよと恐縮した。
「あれは僕の言葉じゃなく、半分は本の受け売りなんだ」
「けれど先生が教えてくれなかったら、私は知らなかったもの。一生懸命、先生が探してくれたヒントです」
「テストは自分でやるしかないが、人生の問題は誰かが手伝って解いたっていいんだ。そうだろう?」
 松木戸の言葉は、6年たった今も宝物になっている。恩師ともいうべき人は、今は遠く離れた町で働いていて、紗希のことも記憶の片隅に追いやっているだろうと思っていた。
 

 家に帰った紗希が、リビングの父に「ただいま」と声をかけると「お帰り!」と威勢のいい返事をした。
「ほら、先生からの葉書」
 受け取った写真入りのメッセージに、紗希は満面の笑みが零れる。
 少し痩せただろうか。熱血先生から大人の男性になった松木戸は、緊張気味に白いタキシードを着こんで、ウェディングドレス姿の綺麗な女性をエスコートするように立っていた。
 『結婚しました』の文字の隣に、手書きで『幸せになれよ!』と追記してある。こんな時まで先生らしいと紗希は心が温かくなって、明日はレターセットを買わなくちゃと考える。
 松木戸に初めて、長い手紙を送りたかった。
 祝福の言葉に、ありがとうを添えて。 


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