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日向夏のまちさん

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親愛なるあなたへ、魔法と愛を込めて。

18/10/22 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 日向夏のまち 閲覧数:183

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「激安宿の若旦那、久々の依頼だよ。」
 馴染みの旅人が、入口で羊皮紙を揺らした。
「久しぶり。パン屋の娘が、『また旅の話を聞かせて欲しいわ、熱々のパイと紅茶を用意して待っているから。』と、お前に。」
 相変わらず悪い夢みてぇと言い残し、旅人は店を後にした。羊皮紙には、アリーサ・セリツィロイとだけ書いてあった。

 枯れた灰色の石畳。青い屋根の家々。見上げる新緑の頂と、眼下にきらめく海の間、山肌に見えるのは小さな町。商人や旅人の立ち寄る、宿の町だ。
 その中ほどに、通りに面した壁一面を募集、宣伝、など、色とりどりの紙と絵の具で飾った宿がある。
『伝言、預け荷、承ります。』
 依頼の翌朝、いつものように店の看板を出した細身の男は、そのまま町を発った。依頼主は馬で二日の街にいる。店主の祖父には、一週間ほど留守にすると断ってあった。
 石畳が草原に変わり、冷えた空気が水の匂いに変わる。樹木の合間を抜け小川を飛び越え、町をいくつか過ぎ茂みを抜けた。
 そして、この国の首都にほど近いセリツィロ、その領主邸宅を訪れ、門を叩いた。

「わたくしが愛するあの方へ伝えていただきたいの。」
 そういう彼女の左手薬指には、石が明るく光っている。
「いいえ、いいえ、その方は父が決めた許嫁などでは決してありませんわ。」
 目尻に、涙が光っただろうか。
 結婚は覆せない。外出も禁じられた。もう彼には会えないと、深窓の令嬢アリーサ・セリツィロイはわらう。
「依頼、受けてくださいますか。」
 伝言屋さん。問いかけに、伝言屋と呼ばれた男が滑らかな声でイェスを唱えれば、アリーサは訥々と語り始めた。
「わたくしもあの方も、書物が好きでしたわ。酔狂でしょう。古く伝わる神々の言い伝えや、代々国と土地を治めてきた傑物たちの妄想。多くは血塗られた歴史か虚言のそれです。」
 誰しもが紙の上では自由ですわね。嘲りを含んだ、鮮やかなその言葉。続く言葉は出会いと別れ、その背景と今なお燃える心である。伝言屋は紡がれるそれらを聴いていた。仕草、声音、その心、ティーテーブルを挟んで向かい、アリーサの全てを漏らさないように。
 受け止め、細身に詰め込むように。
「伝えてくださいまし、わたくしの愛した、ヴィカに。」
 そう、ことづては締め括られて。
「承りました、アリーサ嬢。」
 かしずく伝言屋が涙を零したのには、アリーサも侍女も気がつかなかった。

 セリツィロの北西部、牧畜の地域に立つ教会は、正午の鐘を鳴らしたばかりである。書物庫の底冷えた空気を吸ったヴィカは、嘆息と共に背表紙を撫でた。
「ヴィカ。元気にしていた?」
 待ちわびた声は書物庫の窓際から。ヴィカが振り返ると、いつものマントを翻した彼女が、いたずらっぽく書棚の間に姿をくらます。
「アーシャ、もう会えないのかと思っていた。」
「えぇ、ヴィカ、その通りだわ。」
「フードを外して。せめて顔を見せてよ。」
「ごめんなさいね、顔は見せられないの。」
 魔法が解けてしまうから。気配も希薄に、囁くアーシャ。常とは違うとヴィカが気付いて、追う足を止める。
「隠していてごめんなさい。わたくしは、アリーサ・セリツィロイ。」
 聞けば誰もがそうとわかる名前に、ヴィカが気付いて息を飲む。
「身分を隠していた方が仲良くできると知っていたわ。半年前貴方と出会って、それから週に一度、同じように文字を追って、語ったり、笑ったり、牧草でお昼寝したりした。」
 軽やかなステップに乗せた言葉は、令嬢ではなく少女のそれ。
「わたしとても幸せだった。身分違いだとわかっていたけど、幸せも、好きも、溢れ出したら仕方がなかった。」
 書棚の森でかくれんぼをするように。
「けれど一ヶ月前、結婚の話が来た。」
 足取りが重くなる。表情は、きっと曇っている。ヴィカのアーシャは、いいなずけのアリーサになる。
「もう貴方のものではいられない。」
 判決の重さ。待って、とヴィカが手を伸ばした。
 アーシャは高らかに祈る。
「ヴィカ、わたしの知らないところで幸せになって。わたしを忘れて幸せになって。わたしの知らない誰かと、ずっと笑顔で、幸せになって。わたしを助けなくていい。わたしの地獄は知らなくていい。けれど貴方だけは幸せになると約束して。お願いよ、ヴィカ。」
 アーシャの笑みが、ヴィカにはわかる。
「じゃあね。」
 涙を浮かべていることも。
「待ってアーシャ、僕はヴィクトル!」
 言い終わる前に、彼女は姿を消していて。
 未練をなくした幽霊のよう。ヴィクトルは一人、澄んだ空を仰ぎ見た。

「若旦那。」
 激安宿の昼下がり。馴染みの旅人が羊皮紙を揺らす。
「伝言頼むよ。」
「他より少し高くつくけど。」
「構わない。折角兄貴が結婚するから。宛先はセリツィロの、ヴィクトル――


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