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宮下 倖さん

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あいつに伝えて

18/10/22 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:104

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 父さんは、ぼくの誕生日には必ず仕事を休む。
 いつも忙しい父さんが、ぼくが学校から帰る夕方には家にいて笑顔で「おかえり」と迎えてくれる。それから父さんと母さんと一緒にプレゼントを買いに出かけ、帰りはレストランで夕ご飯を食べる。これがいつものぼくの誕生日だ。
 今年、ぼくはカレンダーを見て飛び上がった。ぼくの誕生日が土曜日だったからだ。父さんの仕事もぼくの学校も休みの誕生日なんて初めてだ。
 一日一緒にいられる。どこに遊びに連れて行ってもらおうかななんて考えていたら、父さんはとても困った顔をして「昼間は用事がある」という。
 ぼくは大いにふくれた。
「なんの用事?」
「うーん、ちょっとな」
「お仕事?」
「いや、違うけど……」
 仕事じゃないなら連れてって! とぼくは盛大に駄々を捏ねる。
「寛樹、お父さんには毎年大事なご用があるんだから」
 母さんの言葉に衝撃を受けた。
 毎年父さんが仕事を休むのは、ぼくの誕生日だからじゃないの? 「大事なご用」のためだったの? 
 そう思ったら泣けてきた。もう五年生になったのに涙が止まらない。
 すると父さんは「じゃあ今年は一緒に行こうか」と涙と鼻水としゃっくりでぐしゃぐしゃのぼくの頭を撫でてくれた。
 父さんが向かった先はじいちゃんの家だった。車で二時間かかる父さんの田舎だ。
 なあんだ、とぼくはちょっぴりがっかりした。じいちゃんの家ならたまに行くし、父さんの用事もじいちゃんに関係することなのかもしれない。
「寛樹、父さんは行くところがあるからじいちゃんちで待ってるんだぞ」
 父さんは車じゃなくて歩いてどこかへ出かけていった。
 ぼくはじいちゃんが作ってくれた変に薄いカルピスをちびちび飲みながら待っていたけれど、すぐに飽きてしまった。じいちゃんは座椅子でうとうとしている。じいちゃんちの周りはよく知ってる。ちょっと遊びに行こう。
 そういえば川があったなと思い出して、ぼくは記憶を辿りつつ河原へと下りていった。まだ青いススキをかきわけながら進んでいくと急に人影が現れた。
「うわあ!」
「あ、ごめん」
 向こうも目をまんまるにして驚いている。同じ歳くらいの男の子だ。
「このへんじゃ見ない顔だな」
「今日はじいちゃんちに来てて……」
「へえ、そっか。じゃあ一緒に遊ぼうぜ。おれ、マサト」
「ぼ、ぼくはヒロキ」
 やたら懐っこくて強引だけど、イヤな感じはしない。水切りしようぜと川を指さして歩きだすマサトの背中を自然に追っていた。
「見ない顔だけど、そっくりだなー。びっくりした」
 嬉しそうにそんなことを言うマサトに首を傾げる。変わったやつに思えるけど何だか気が合いそうだった。
 水切りは意外に難しかったし、身軽に河原を走るマサトについて行くのは大変だったけどぼくはとても楽しかった。マサトはおもしろいやつで、思った通り気が合った。
 遊び疲れて川べりの大きな岩の上に並んで座ると、ふいにマサトは真剣な顔でぼくを見た。
「ヒロキ、頼みがあるんだ。あいつに……アキヒロに伝えて。もういいから、もう苦しまなくていいからって」
「えっ?」
 アキヒロは父さんの名前だ。驚いて体をよじった途端バランスが崩れた。立て直そうと伸ばした手の先に「危ない!」とこちらに差し出されたマサトの手があったが、それを掴もうと動かした指はマサトの手を通り抜けてしまった。
 川に落ちる! と目をつぶったぼくは「寛樹!」という父さんの声とともに腕を引かれ体を支えられていた。
「こんなところでひとりで何してるんだ! この川は見た目より深いし流れも速いんだぞ!」
「ひとり?」
 ぼくはあたりを見廻す。マサトの姿は消えていた。
「父さんな、むかしこの川に落ちたことがあるんだ。先に落ちた友だちを助けようとして一緒に流されて……父さんだけが助かった。あのときもっと力があったらとか、大人を呼びに行っていたらとか……ずっと後悔している。今日はその友だちの命日で、毎年お墓参りにここに来るんだよ」
「もしかして……マサト?」
「なんでその名前……」
 ぼくは全部わかった気がした。
 マサトはぼくを誰かと比べて「そっくりだ」と言った。伸ばされたマサトの手は掴めず通り抜けてしまった。
 ああそうだ、マサトの伝言をちゃんと父さんに伝えなくちゃ。
「父さん聞いて。ぼく、さっきまでマサトと一緒に遊んでたんだ。そしてね、父さんに伝えてって言われた。もういいから、もう苦しまなくていいからって」
 父さんは大きく目を見開いてぼくを見た。そしてぼくをぎゅうっと抱きしめた。
 ちいさく「ありがとう」と聞こえたのは父さんの声だったかもしれないし、マサトだったかもしれない。


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