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戸松有葉さん

ショートショート:小説投稿サイト「小説家になろう」で1001作以上、本サイト「時空モノガタリ」で入賞複数。 他、長編ライトノベルやエッセイなども。コメディ得意。 Amazon Kindle(電子書籍)http://amzn.to/1Xau7kMで活動中。(←URLは、Kindleストアを著者名「戸松有葉」で検索した結果。)代表作は『ショートショート集厳選集』とラノベの『二次元最高美少女』。 ツイッターは@tomatuariha3lb

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将来の夢 積極的安楽死法案
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新戦法名

18/10/22 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:0件 戸松有葉 閲覧数:47

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 将棋には多様な戦法があり、有用であれば広く使われ、その名は後世まで語り継がれることになる。
 この物語は、将棋に興味ない人には実にどうでもよく、将棋好きの人にもかなりどうでもいい、戦法名にまつわる棋士の苦悩を描いたものである。

 ついに完成した、後は公式戦で披露するだけだ――。
 その棋士は自身の編み出した新戦法に手応えを感じていた。何も、その戦法が大流行するだとか、最初に研究している自分が勝ちまくれるだとか、そこまでは期待していない。しかし新戦法として認知されるだけのものだとの自信はあった。
 彼はまだ若く、伸び代もある。それでも実力的に、歴史に名を刻むほどの棋士になれるとは思っていない。同世代にもいる「本物」との差は幼い頃から感じてきたことだ。それでも「戦法を後世に残す」ことは可能。そして戦法の名前に自分の名が入っていれば、自動的に自分の名も残り続けるという算段だ。
 戦法名に創案者の名が付くことは珍しくない。〇〇流、○○式、といったものが戦法の頭に付く。戦法名を決定する規定というのはないため、いつの間にか誰かが呼び出し浸透するわけだが、その誰かが自分であれば、変な名前を付けられることもなく、また自分の名前を確実に入れられる。警戒していないと、勝手な戦法名で定着する危険があるので油断できない。
 初披露する公式戦も、できれば自戦解説記事を書けるものがよかった。そこまで理想的にいかないまでも、対戦相手が一流棋士や注目棋士であれば自分の発言も拾ってもらえる可能性がある。いつ初披露してもいいわけではないのだ。
 なおこの新戦法を知っているのは彼だけだ。棋士には研究会というのがあり、数人で主に序中盤の研究をするが、彼は数年前から研究会に参加していない。自分一人での研究で戦法を確立したわけだ。
 角が立つので表立って言う棋士は少ないが、コンピュータソフトがプロ棋士よりも強いこの時代、プロ棋士の見解よりもソフトの評価のほうが信用できるため、「対戦感覚を養う」といった目的以外では、棋士同士で研究する意義は少ない。
 一人で研究していたわけだから、万が一にも情報漏えいする心配もない。そこも彼にとって大きな利点だった。
 とはいっても、ソフトが新戦法を伝授してくれるわけではないのだから、ソフトの評価や手を参考にして、あくまでも自身で定跡を築いている。この作業を一人だけで行なうのは骨だ。実際時間も一年以上かかった。だからこそ新戦法に愛着がわくし、名前だって自分で付けたい。
 かっこいい戦法名がいいに決まっているので、色々と考えているのだが、なかなか思いつかない。自分の名前と戦法の意味を入れることは動かせないが、それだけで戦法名が長くなるため、更に長くなるようなかっこいい名を与えることができないのだ。
 難しい。初披露の場を見定めるのも難しい。
 そうして新戦法を内に秘めたまま時間だけが過ぎ……、事件は起こった。
「やら……れた」
 彼と同世代で、「本物」である棋士が、タイトル挑戦者となり、そのタイトル戦で指したのが、彼の温めてきた新戦法とほぼ同じだったのだ。パクられたわけではない、情報は漏れていないはずだし、詳細を見れば異なってもいる。
 つまり偶然にも、先を越されてしまったわけだ。それも、タイトル戦という大舞台で
 この戦法は自分も考えていた、などと言うことは誰にでもできる。真偽など関係なく、本当であろうと負け惜しみだ。公式戦で最初に指す、それも注目の集まる舞台で指すことが何よりも重要なのだ。
 完全にやられてしまった。苦労が水の泡。この悔しい思いをどこにぶつければいいのか。同じ戦法でも理解は自分のほうが深いのだと実戦で印象付けてやろうか……しかし勝たないと価値は下がる。実力的に、新戦法で指しても高勝率は期待できない。それが期待できるのは、今まさに初めて新戦法を披露したタイトル挑戦者のようなトップ棋士だ。
 その新戦法は、瞬く間にプロアマ問わず流行した。彼はそこまで期待できなかったが、指した棋士とタイトル戦のインパクトが大きかったのだろう。
「俺が指すより普及するんだから、これでもいいか……なんて思えるか!」
 こうなると人間の取る行動は、自身の向上ではなく他者の足を引っ張ること。幸いにも、新戦法には定着した名前がない。〇〇流と何となく呼ばれている段階だ。今ならまだ間に合う。この、自分発ではなくなった新戦法に、変な名前をつけてやろう!
 程なくして、珍妙な新戦法名が定着した。由来は、子供の頃のあだ名――同世代なので知っていた――だ。かっこよさはないし、あだ名だから後世の人は誰のことかすぐにはわからない。

 本名ではなくあだ名が戦法名になった前例は幾つかある。それらの由来もこのような経緯だったかは定かではない。

(了)


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