1. トップページ
  2. アイちゃん

R・ヒラサワさん

過去の投稿作品の創作プロセスを公開しています。 【 R・ヒラサワの〜Novelist‘s brain〜 】 https://rhirasawanb.hatenablog.com/ ★時空モノガタリ未発表作品もあり

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

アイちゃん

18/10/22 コンテスト(テーマ):第162回 時空モノガタリ文学賞 【 あだ名 】 コメント:2件 R・ヒラサワ 閲覧数:272

この作品を評価する

「アイちゃん」
 小学生ぐらいの女の子が声をかけてきたので、私はニッコリと微笑んだけど、その後は何もしなかった。そもそも『アイちゃん』は、私の本当の名前ではない。
 会社の人に同行して、コンパニオンの様な格好で笑顔を振りまきながら、パンフレットを配るのが私の主な仕事だ。
 これまで小さなイベント会場にしか行った事がなかったが、今日は国内でも有数の大きな展示会場に来ている。異業種のメーカーが一斉に新製品の発表をするとあって、平日にも関わらず大勢の人達で賑わっていた。
 来場者の多くは企業の人達で、業務の一環として訪れている。この会場は入場時に企業か一般かを申請して、それぞれ紙製のプレートを首からさげなければならない。
 企業のプレートの文字はオレンジ色で書かれていて、名刺を貼り付ける枠が設けてある。出展企業側はこれを頼りに営業トークを考える。もちろん各社は新規の有効なマッチングを望んでいる。
 一般客のプレートの文字は青色で、さっきの女の子もこちらの方だ。名刺を貼るような枠は無かったが、女の子のプレートには空白部分に『サヤカ』と書いてあった。一緒に来た親が書いた様だが、その姿は無かった。
「アイちゃんかあ」
 でっぷりとお腹の出た中年男性が呟いた後、私の前で立ち止まる。ジロジロと顔を眺めた後、ゆっくりと名刺を所定の場所に差出した。受け取った名刺を直ぐにスキャンするのも私の仕事だった。
『スギタ商事、営業本部長』と書かれていた。スキャンした文字はデータに変換され、瞬時に照合した結果が出た。既存の取引先ではないようだ。私は用意した『総合』と『新製品』、二冊のパンフレットを手渡した。
「ご来場いただきありがとうございます。こちらが弊社のパンフレットでございます」
「ふむ……。ありがとう」
 そう言いながら、中年男性はもう一度私の顔をじっと眺めてから去って行った。
 パンフレットは一般客なら『総合』のみ、既存客なら『新製品』のみ、新規の企業なら両方を渡す決まりになっている。
「このパンフレットも結構お金がかかっているからね」
 社長の言葉だった。宣伝とは言え無駄な経費は出来る限り削減しなければならない。そのため相手によって渡すパンフレットを決めているが、一般客に総合パンフレットを渡すのは、プライベートで来た人が後日、自社での導入を検討してくれる事が多いからだった。
 この仕事もすっかり慣れたが、やはり気になるのは『アイちゃん』だ。私の本当の名前ではなく、愛称? ニックネーム? まあ、そんなところだ。これだけ毎日この名前で呼ばれていると、本当の名前を忘れてしまいそうになる。
 以前、仕事の最中に具合が悪くなって診てもらった時に、本当の名前で呼ばれたが、自分の事だと気付かず返事が遅れた事があった。その時は会場内の倉庫の様な場所を借りたが、今回は各ブースに少しスタッフ用のスペースがあって、もしも具合が悪くなっても診てくれる人がそこに居るそうだ。
 今日は朝から五時間も休まず働いている。体が熱を帯びてきているように感じた。次の瞬間、急に何も見えなくなった。
 再び何かが見える様になった時、目の前にいつも私を診てくれる人がいて、私に向かって何か言っている。
「HP−04S」
 一瞬、何の事だか分からなかった。
「HP−04S!」
 人型パンフレット配布ロボット、四号機スペシャル。顔には人工皮膚を用いて、豊かな表情を作る事が出来る。最新の人工知能を搭載し、記憶・判断・学習において、もはや人間に迫る能力を持つと評される。
 所定の位置に置かれた名刺を自動でスキャンし、データベースと照合する機能も新たに追加され、パンフレット配布だけの集客ロボットから、データベースを用いた顧客管理やパンフレット配布の絞り込みによる経費削減など、付加価値を生み出し多くの予約注文を抱えている。
「HP−04S!!」
「は、はい」
 私はハッとして呼びかけに答えた。メンテナンスの時は本当の名前で呼ばれ、その反応によってある程度故障の状態を判断する。三回呼びかけても反応がない場合は重度の故障が考えられるため、精密検査が必要となる。その場合しばらく仕事が出来なくなるが、今回はきっと大丈夫だろう。
 一つ前の三号機と比較して、よりしなやかな動作が出来るよう、人間よりも腕の関節数を増やした事が特徴的で、末尾には『S』が付けられ『スペシャル』の他に『スムーズ』『スキャン』の三つの意味を持つ。
 人工知能の『AI』から、そのまま『アイ』と社長から名付けられ、一号機から私達の愛称はずっと『アイちゃん』だ。
 これだけ毎日『アイちゃん』と呼ばれると、私は本当の名前を忘れてしまいそうになる。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/10/27 雪野 降太

拝読しました。
設定と周辺情報の描写が大変丁寧で好感が持てました。
一方で「短編」というよりは「序章」という感も強く、話の盛り上がりはここからではないかとも……。映画でいえば、冒頭の少女や本部長とのやり取り、会場の賑わい等は各カットでクレジットが流れ、アイちゃんの暗転と同時にタイトルロゴが登場、呼びかけにあわせて本編開始……という感じではないかと。本編がどうなるのか知りたいところです。

18/10/28 R・ヒラサワ

凸山▲@感想を書きたい 様

コメントいただき、どうもありがとうございます。ご感想頂いていた話の盛り上がり等、今後の作品に上手く取り入れていければと思います。大変参考になりました。
どうもありがとうございます。

ログイン