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入江弥彦さん

入江です。狐がすきです。コンコン。 Twitter:@ir__yahiko

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君の鏡になんてなりたくなかった

18/10/21 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:1件 入江弥彦 閲覧数:223

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はみ出し者には、はみ出し者の流儀というものがある。
「動かないで」
ゆらゆらと頭を動かしていたシオンさんがピタッと止まった。
「だって恥ずかしいんだもん」
シオンさんの言葉に手を止めることなく最後の仕上げにかかる。
誰もいない朝の教室で僕の絵を受け取った彼女は教室を出る。入れ違いに入ってきた担任が嫌な笑顔を浮かべて、お前らもうでデキたか? なんて言った。


学校という場所には見えないルールがたくさんある。僕らはみ出し者にとってそれは、法律よりも大切な、守るべきものだった。
朝は早く来すぎてはいけない。もちろん遅刻なんてのはもってのほか。授業中の発言は控えるべきだし、休み時間は気配を殺す。それから、放課後は速やかに帰らねばならない。
けれども、それを守らない人もいる。そういう人のせいで、とばっちりを受けたりするのだけれど。
僕らがもうほとんど揃ったころに扉が開いて、クラスが一瞬静まり返った。すぐに沈黙は嘲笑に変わって、シオンさんが入ってきたのだと分かった。クラスの女ボスが猫なで声を発する。キーキーけたましい様子は猿女というほうが正しいだろう。
「シオンちゃん、今日もお洒落だねー」
「前衛的な髪型! すげえ!」
便乗するように、それぞれが声を上げ始めた。
「あ、おはよう……」
消え入りそうな声で挨拶をした彼女は、背中まであるボサボサの髪を無造作に結び、口の横にご飯粒をつけている。
それがよほどおかしかったのか、クラスの笑い声は次第に大きくなり、呆れ顔の担任が何を騒いでいるんだと入ってくるまで続いた。いや、入ってきても、続いた。
「シオン、お前またそんな格好で」
担任が言うと、猿女はすかさず先生ひどーいとくってかかる。
「シオンちゃんは鏡にうつらないからわかんないんだよー?」
ドッと笑いが起きて、自分のことではないのに居心地が悪くなる。とうのシオンさんは何を考えているのか、表情を変えずぼんやりと佇んでいた。
笑いをこらえることもしない担任が、シオンさんを見下す。
「ね、シオンさん、今日はうつるかも! 鏡貸してあげるね」
猿女が彼女に鏡を手渡して、みんながそれを後ろから覗き見る。
「どうだシオン? 直せるか?」
「ごめんなさい、うつってなくて、わからないわ」
今度こそ、誰もが腹を抱えるほどの笑いが起きた。僕の視界から見える鏡には、彼女の困り顔がうつっていた。
それから、突然矛先が変わったのだ。
「そうだ、キンジが鏡になれば良いじゃん」
「えっ」
「そう、絵、描いてるでしょ。朝早く来てさ」
「でも」
「その無駄な趣味を役立ててあげるってばー」
こういうのが、ルールを守らない人のせいでくらうとばっちりというやつだ。


次の日、申し訳なさそうにやってきたシオンさんは左右の高さが違うツインテールだった。
その姿を僕が描くのだが、誰かを見て描くのは初めてなのでずいぶんと時間がかかった。彼女が僕の絵を参考に髪型を直すと、また絵を描く。それを他のクラスメイトが来るまで繰り返した。
「家の人、びっくりしない?」
最初のころ、そんな質問をした。この関係をやめるいい言葉が引き出せればと思った。けれども、帰ってきたのは僕の期待する言葉じゃなかった。
「さあ、みんな私のことが見えないみたいだから」
次第にスピードは上がって、シオンさんの様子も落ち着いてきた。
黒板に二人の相合傘が書いてあることが数回あった。朝の密会、恋して綺麗に、まるで週刊誌の見出しのような文章とともに。そういう扱いも、不思議と前ほど気にならなかった。
最近では速やかに帰らねばならないという、ルールを冒して放課後にもシオンさんの絵を描くようになった。
とばっちりではなく、もう僕の日常になっていた。
「私が鏡にうつらないっていうの、信じる?」
「なに、急に」
いつものように鉛筆を走らせていると、彼女がずいぶんきれいに結べるようになった髪をいじりながら言った。
「もし、もしもね、私が嘘をついていて、キンジくんの絵を持って帰る口実にしてたらなんて思うかなって」
「僕の絵を?」
「うん、キンジくんの絵が好きだから」
西日に照らされたシオンさんの表情は変わらない。僕はと言えば、体中の血液が両手をあげて駆け巡っているような、感じたことのない動悸に胸が痛くなる。騒ぐだけ騒いだ血液は透明な液体となって、僕の涙腺を通り抜ける。
ぎょっとしたシオンさんが僕の隣にまわって、今日は帰ろうかと背中をさすってくれた。
僕はそれでも手を止めることなく、伝えたい言葉を一本一本の線に精一杯込めた。口下手な僕に与えられた、唯一の伝達手段だ。
階段を降りていると、ふと、絵を見ていたシオンさんが立ち止まった。
「キンジくんさ、絵、うまくなったよね」
それがシオンさんの答えだった。
踊り場の鏡に、彼女の姿はうつっていなかった。


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このストーリーに関するコメント

18/10/25 クナリ

登場人物に感情移入させたうえで、ラストシーンで衝撃を与える構成がさすがですね。
二人の間の空気感と感情の応酬が濃密でした。

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