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みゆみゆさん

「芥川賞を目指して小説を書きたい」と友人に話したところ、まずは2000字をコツコツ書いていくといいよと、「時空モノガタリ」を紹介してもらいました。コツコツやってみます。

性別 女性
将来の夢 健康な一人暮らし
座右の銘 「人は人、自分は自分」

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赤トンボ

18/10/21 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:2件 みゆみゆ 閲覧数:199

時空モノガタリからの選評

赤トンボと、それを息子の「けんちゃん」だと理解し(あるいはトンボに息子を重ね)、優しく語りかける「ママ」。互いに心で通じ合ってはいても、はっきりと親子としての意思疎通はできない切なさ、そして親子の情愛が胸に残りました。「赤トンボ」の子供らしい甘え方などの細部描写が丁寧だと思います。優しい読後感が残る作品でした。

時空モノガタリK

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 「トマトを食べたんだよわたし」朝ごはんのあとの縁側でしほちゃんは興奮しています。「パパとおばあちゃんはさ、病院へ行けなくなっちゃったからガッカリして朝ごはん残してたのに、わたしはぜんぶ食べたの!」赤トンボは半球体の大きな目をグリグリとしほちゃんに向けて、じっと聞いていました。人間に話しかけられたのなんて初めてです。「本当はキライなんだよ、トマト」しほちゃんは得意気にニッと笑うと両手をついて顔を寄せ、「わたしがトマトを食べたって、ママに伝えてほしいのー!」と大きな声。四枚の翅がぶるぶると震え、たまらず赤トンボはしほちゃんから少し離れました。「じゃあぼく、君のママに伝えてくるよ」しほちゃんはニンマリとご満悦です。「そうしてもらえる気がしたから話したの!ありがとう!」
 どうしてぼくは、あの子の言ってることが分かるんだろう。不思議に思いながら、赤トンボは教えられた通りに飛んでいきます。庭先から見えるお山のずっと上の方に一つだけある建物の、良い香りのする花をつけた木のそばの窓まで飛びました。開いた窓から中へ入ると、ああ、あれがしほちゃんのママだなと一目見て分かりました。ベッドの上で座っていたその女の人は両手で顔を隠してうつむいていましたが、赤トンボが見つめているとゆっくりと窓辺に顔を向け、二人の目が合いました。
 「あのう、ぼく、しほちゃんから頼まれてやってきました」ママはとても驚きましたが大声を出したりはしませんでした。パジャマの襟元をギュウとつかんで、しほちゃんからの伝言を聞いてくれました。言い終えた赤トンボはママに近づきたくなって、ベッドの上に飛んできました。病院の白い布団カバーに映える赤い腹部を見て、息子のお気に入りだった赤いパーカーがママの頭に浮かびます。赤トンボは、ママの両目からポタポタと水が流れているのがとても気になっていました。
 「宮川さん、検温しますね」看護婦さんは突然入ってきましたが、彼女に見つかる前に赤トンボはクリーム色のカーテンに隠れていました。しほちゃんからの伝言は伝えたけれど、まだ外へ出る気になれません。そうっと様子をうかがうと、ママは「田中先生とお話できますか」と頼んでいます。看護婦さんが出ていったあとも、赤トンボは動かずにじっとしていました。田中先生はちょうど外来のお仕事が終わったところで、間もなくママの病室にやってきました。
 「主人が今日は急に来られなくなってしまって、今朝の、結果のこと、まだ話し合えていないんです」申し訳なさそうにママがそう言うと、先生は急がなくても大丈夫ですよと優しく微笑みました。ママはその微笑みにホッとして言葉を続けました。「私、退院しようと思います」それを聞いた先生の目から笑顔は消えましたが、閉じた唇の口角を五ミリ上げて、ママに肯定を表しました。「残された僅かな時間を娘から離れて引き延ばすよりありったけの時間を一緒に過ごしていたいんです」その時間の短さについては今朝、説明を受けていました。けんちゃんが救急車でこの病院に運ばれたあの日も、パパとママに説明をしたのは当直医だった田中先生でした。ママは先生のことを冷静で聡明な人だと尊敬していましたが、先生もママをとても強い人だと尊敬していました。先生が病室を出ていくと、赤トンボはママのそばに戻りました。

 「しほちゃんにさ、伝えたいことがあれば、ぼくが伝えるよ」赤トンボは、何かママのお役に立ちたいと思ったのです。ママは赤トンボの腹部を優しく撫でながら、「ありがとう。妹想いの優しいけんちゃん」と言いました。なんて気持ちの良い温もり。でもどうしてだろう、ぼくにはこの温もりが懐かしい。赤トンボは正直に言いました。「ぼく、けんちゃんは知らない」ママは、知らなくていいのよと言いました。「しほちゃんに、ママはもうすぐお家に帰りますって伝えてくれる?」「うん分かった。あの子きっと喜ぶね」ママはもう一度、優しく腹部を撫でました。トロリと熱い幸福感に包まれた赤トンボは思わず「ぼく、ママ大好き」と言いました。ママは「それがけんちゃんからの伝言ね」と呟いて、また両目からお水がこぼれます。ずっとここに居たいけれど、またしほちゃんのお家でママに会えると思い、赤トンボはブウンと羽ばたきました。ママの目の高さでホバリングしながら「もしけんちゃんが分かったら、何か伝えるけど?」と言いました。ママは一万個以上の複眼のすべてを覗き込むように赤トンボを見つめながら、「けんちゃん、待っててね」と囁きました。

 二つの伝言を受け取って飛んでいく赤トンボを、ママは窓辺で見守っていました。甘いキンモクセイの香りと広がっていく夕焼けを浴びながら、赤トンボが見えなくなったあともずっと、ママは見守っていました。もう、泣いてはいませんでした。


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このストーリーに関するコメント

18/11/01 hayakawa

コメント失礼します。やはり読んでいておもしろいです。なんとなく思ったのですが、芥川賞系の作品より直木賞系の方が向いているのではと思いました。

18/12/02 みゆみゆ

ハヤカワさま
せっかく嬉しいコメントを頂いていたのに、返信が遅れて大変失礼いたしました。仕事の都合で年内はもう投稿いたしませんが、年が明けたらまたコツコツと執筆に取り組みたいと思っています。それでは、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

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