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ケイジロウさん

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伝言ごっこ

18/10/21 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:56

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「お父さん、開けるわよ」
 ドアを開けると真っ暗な部屋から湿った葉巻の煙が直美の顔面にぶつかってきた。
 直美が顔をしかめて電気をつけると太郎の丸まった背中が何回か点滅した後置き物のように現れた。灰皿にある葉巻は、葉巻の形をとどめたまま三分の二ほど灰と化していた。
 直美はせかせかと灰皿に行き葉巻を灰皿に押し付けた。直美は窓から顔を出し秋の冷たい空気で大きく呼吸した。
「お母さんが、ご飯、だって」
「……」
「また、怒られるわよ、冷める、って」
「……」
 直美は窓もドアも開けたままリビングへと去っていった。
 直美が二つ目のコロッケにソースをかけている時、太郎がようやくリビングに現れた。灰色のヨレヨレのスウェットが前後逆なのに直美は気付いたが何も言わずコロッケを箸でわった。
「あれ、母さんは」
 太郎の向かいの席に黄色い茶碗、汁椀、そして黄色い小皿はふせたままだった。直美が京都への修学旅行で買ってきた<おはし工房>の先の尖ったお箸が、河童が寝そべった箸置きの上に行儀よく並んでいる。
「自分の部屋じゃない」
「ああ、そう」
 太郎はウイスキーのボトルとグラスをテーブルに置き、席についた。
「母さん、怒ってたか」
「さあ」
 直美はご飯のお替りに席を立った。
「お前も飲むか」
 ウイスキーを麦茶のようにグラスにつぎながら太郎は言った。
「私、まだ中学三年よ。それ、DVっ!」
 太郎はグラスの液体を麦茶のようにゴクゴクと喉に流し込んだ。
 直美は気にしたそぶりも見せず、山盛りのご飯に箸をつけ始めた。
「なあ、母さんに謝っといてくれないか」
「いやっ」
「たのむよ」
「いやっ」
 太郎は口に煙草をくわえた。
「いいの?お母さんが食事中は禁煙って言ってたよ」
「ああ、そうだったか」
 太郎は煙草をあきらめ、みそ汁に口をつけた。
「ぬるいなあ」
「……」
「でも、うまいなあ」
 直美は少し口をゆるめた。
「母さんに言っといてくれ、うまいって」
「自分で言えばいいじゃないの、まったく」
 直美はテーブルの中央にある大皿を見つめた。コロッケがあと四つ残っている。
「喰っていいぞ」
「え?」
「コロッケ、喰っていいぞ」
「へへへ」
 直美は犬のように笑った。
「母さんの分二つだけ残しといたほうがいいだろう。オレの分は喰っていいぞ」
「え、一つも食べないの?これ手作りよ」
「あ、そうだったのか、じゃあ一ついただくことにしよう」
 太郎はそう言ってコロッケを一つ水色の小皿に移した。太郎の箸は向かいに置かれている箸より少し長い。直美は太郎の方にソースを寄せたが、太郎はありのままのコロッケに箸を入れた。外見はコワモテだが、硬い殻の中からジャガイモの優しい湯気が出てきた。太郎は尖った箸で一口大にし口に入れた。
 ほっほっほっと言いながら目をつぶって太郎はコロッケをかみしめている。
「うまいなあ」
 太郎は何度もうなずいた。
「うまいなあ、母さんに言っといてくれ、きっとだぞ」
 太郎の声が震えてきた。閉じられた目のすき間から涙がスーと流れ出していた。
 直美は、よかった、と小さく言うと、コロッケをもう一つ太郎の小皿に移した。
「母さん、コロッケ作りながら鼻歌を歌ってたんだろうなあ、どうせXjapanだろ」
 直美は残りのご飯をあわてて口に入れると、食器を持て流しに駆け込み勢いよく水を出した。つられて泣いてしまいそうになったからだ。直美は泣くわけにはいかなかった。崩れそうになったがなんとか持ちこたえた。
「そういえばお母さんが、喪服は押し入れに入れといたって言ってたよ」
 直美は水をとめ伝言を伝えた。
「……」
 太郎は箸を置き、うん、と頷いた。
「母さんも来るのかな」
「そりゃあ来るわよ」
 直美は太郎の目を見てはっきりと断言した。
「一年ぶりだな」
「そうね」
 太郎は黄色の小皿にコワモテのコロッケを二つのせると、和室にある仏壇に向かって歩き出した。
 太郎の灰色のスウェットの前側が伸び、しわがいくらかとれたように直美には見えた。


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