hayakawaさん

大学院生です。

性別 男性
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脳内

18/10/21 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 hayakawa 閲覧数:95

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「私、文字が読めないの」
 彼女は僕にそう言った。
「そう」
 僕はそのことを重要な問題だとは思ってなかった。それより、街にある光にばかり気を捕らわれていた。
「文字が読めない。だから文字が書けない。君に伝えたいことも言葉にできない」
 僕はベランダで煙草を吸っていた。隣には彼女がいた。それで、僕は何かを口にしようとした。
「僕は文字が読めるよ」
「知ってるわよ。そんなこと」
 彼女は笑いながらそう言う。
 僕はなんだか、困ったなと思う。だって何を言ったらわからないのだ。心の中はすっかり空白のままだ。
「僕は文字が読める。だけれど、伝えたいことがない」
「伝えたいことがない?」
「そう。そもそも僕は自分がどうして相手とコミュニケーションを取るのか、そのことばかり意識してしまう」
「どうしてコミュニケーションを取るのか? 難しい問題ね。今まで考えたこともなかった」
「僕はおもしろいコミュニケーションとは何かについて必死になって考える。そしてそこになんらかの意味があればいいと思う」
「コミュニケーション、意味、それしかわからない」
「そう。それが僕らのコミュニケーションだ」
「そうね」
 彼女はそう言って、笑った。僕は彼女が僕の言ったことを理解しているのかどうかあやふやだった。僕自身激しく混乱している。
「秩序から逸脱していく」
 僕はそう言った。
「秩序から?」
「そう。それでたぶん僕らは何も必要としなくなると思う」
「え? 私、言葉があまりわからないの」
「そう。きっと、そうなると思うんだ」
 彼女はきっとあやふやなまま僕からの言葉を読んでいるだろう。文字が読めない彼女に僕は何かを伝えようとしていた。
「もうすぐ朝になる」
 僕はそう言った。
「そうね」
「もうじき秋が終わる。寒くなってきたから」
「そうね」
「ところで文字が読めない君に僕は何ができるだろう?」
「何もしなくていいのよ。ただこうして側にいてくれれば」
「それって凄く退屈」
「そうね。私といるのは退屈でしょう?」
「違うんだ。誰かといるのが」
「じゃあ、あなたの人生はきっと退屈なものになるわね」
「もう。言いたいことなんか何一つない。ただ君を求めていた」
「私を」
「そう。女を求めてここまで生きてきた。ずっと隠していた」
「悲しいことなの?」
「悲しくなんかない。ゲームみたいなもんさ。本当にゲームみたいなものなんだ」
 僕は曖昧な意識のままそう言っていた。こんな平和な世界の中で人が死に、誰かが誰かを助けたりしている。そしてつくづくこうして彼女と話すことが無意味に思えた。
「最近は頭の中に何があるの?」と僕は聞いた。
「何もない。頭の中にあるのは空白だけ」
「それは悲しいこと?」
「別に。死んでも生きてもどっちでもいいから」
 夜の暗闇に朝日が射し込んで青くなる。深い夜も朝日に照らされては見えなくなる。
「煙草吸う?」と僕は彼女に提案した。
「嫌よ」
 彼女はそう言ったが、僕の煙草の煙を嫌がってはいなかった。
「いったい何が欲しいんだろう?」
「あなたが欲しいのは刺激ね」
 彼女はそう言った。
 隣にいると思っていた彼女は、実は僕の中にいる女性だった。そして朝日がやってくると同時に姿を消してしまう。
 消え去った彼女の声だけが聞こえる。
「あなたは何が欲しかったの?」
 僕は口にするのを控える。
 だってそんなことを言っても意味がないからだった。
「あなたは誰に会ったの?」
 彼女は僕にそう問い詰める。
「わからない。ただ凄く特殊なことに巡りあったとしか言えない」
 僕は一人で煙草を吸いながら、そうつぶやく。
 そして、煙草を吸うという行為に何の意味があるのか考えていた。思考はとめどない。本当にネットに書いてあることしか考えることができなかった。
「不思議な力ね」
「本当に無意味な不思議な力だと思う」
「無意味なの?」
「まぁ、少なくとも辛いことから逃げられるだろう。たぶんね」
 僕自身がこうやって会話をしている相手はいったい誰なのだろう。たぶん彼女は自分自身なのだ。
 そして僕は部屋に戻り、目を閉じた。
 これが僕らからの伝言。そんな言葉が脳内をかけめぐる。
 


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