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青苔さん

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太陽が伝えてくれる

18/10/20 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 青苔 閲覧数:99

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 暗い夜道を歩いている。
 否、すでに夜ではない。もうすぐ夜明けがやって来る。しかし辺りはまだ闇の中だ。
 夜明け前の闇の中、坂道を歩いている。
 まだそれほどの傾斜は無い。ゆっくり登れば息が切れるほどでもない。しかしこの先に、もう少しきつい傾斜があることも知っている。
 坂道の両側には木々が生い茂っている。
 コナラやクヌギの類だろう。木の根元には雑草もたくさん生えているので、視界は悪い。ただ、人の足で踏み固められた土の道が確かにその先へと続いている。
 左側にある木々の向こうは崖になっている。
 切り立った崖ではないが、一歩足を踏み入れようものなら、ずるずると足をとられてはるか下へと滑り落ちてしまうだろう。たくさんの植物に遮られているが、確かにそこには崖がある。
 その坂道は、曲がりくねっている。
 多くの山道がそうであるように、その道もまっすぐではない。一歩一歩そこに道があることを確認しながら進まなければ、崖から落ちてしまうか、道を見失ってしまうだろう。何せまだ夜明け前なのだ。
 闇に満ちた坂道を登りながら、懐中電灯を持っていないことを不審に思った。
 この闇の中だ。一メートル先の視界もおぼつかない。道のありかは足裏の感覚に頼るしかない。一歩間違えば崖からの転落も有り得る。それにもかかわらず、道を照らすものが何も無い。
 しかし、来た道を引き返すという選択肢は無い。
 ここまで歩いてきたのだ。引き返しても、そこにあるのは同じく暗い夜道であり、ただ登るかくだるかの差でしかない。多分、懐中電灯を取りに戻るだけの時間も無い。だから歩き続ける。
 ふと気が付くと、地面が光っている。
 光っているように見える。落ちている石ころが白く発光しているように見える。土の地面が心なしかまだら模様に見える。先ほどまで歩くのが怖いくらいの暗闇だったのが、ほのかに空気まで発光し始めたかのようだった。
 空を見上げると、雲に隠れていた月が顔を出し始めているところだった。
 ゆっくりと雲が流れ、ゆっくりと月が姿を見せる。今宵は満月だった。一つも欠けるところのない満月が、紺色の夜空にかかっている。所々に流れる雲がその紺色を薄くする。明日も、否、今日も良い天気になりそうだと安堵する。
 もう一度、地面を見る。
 まだら模様はよく見れば、木々の葉の影だった。道に覆い被さるようにして枝を伸ばす木々たちの、さわさわ風に揺れる葉が、地面に濃い影を落としている。月の光を浴びて白く光る地面と、その光が強い分だけ黒々と闇に染まる地面は、交互に折り重なり、大地がうごめいているかのようだった。
 今宵は満月だったと思い出す。
 この暗い坂道を登り始める前、夜空を見上げると、煌々と満月が輝いているのが見えた。あんなにも明るい満月が夜空を照らしている、と懐中電灯も持たずにこの道に足を踏み入れたのだった。街灯が無い故に、満月のその明るさを知っている。
 もう一つ、この道の先にいる人のことを思い出す。
 約束をしていたわけではない。しかし、今日という日に、きっとあの人はそこにいる。そういう確信めいたものがあり、こんな夜明け前に、月明かりだけを頼りに、坂道を登っている。
 夜が明ける前に頂上に辿り着きたい。
 辿り着きたい、と思っている。そこに何の意味があるのかは分からない。それでもただ辿り着きたい、と思っている。辿り着ければ、何かが分かるような気がしている。
 少し足を速めて歩き続ける。
 満月が踏みしめるべき地面のありかを示してくれる。道は、曲がりくねってはいても一本道だ。このまま進み続けてゆけば、いずれ頂上へと辿り着くだろう。
 ふと視線を横に向けると、海が見えた。
 どれくらい歩いていたのか、満月の光が弱まってきた気がして顔を上げる。道の両側に生い茂る木々はずっと濃い影の中にあったのだが、その隙間から夜空のような青が見えたのだ。しかしそれは夜空ではなかった。海だった。
 しばし足を止めて海に見入る。
 夜空の遠い紺色ではなく、太陽の光を浴びていない濃い青の海面が見える。波が立ち、青のグラデーションが刻々と移り変わっているのが見える。
 いつの間にか満月の光は消えていた。
 空が白み始めている。夜明けが近い。頂上はすぐそこだ。そして残りの坂道を駆け上がる。
 眺めの良い広々とした場所に、あの人は立っていた。
 今日、日本を旅立つあの人は、今まさに昇ろうとする太陽を見ていた。赤々と輝く大きな太陽は、あの人への惜別とこれからの未来を示しているかのようだった。
 だから何も言えなくなってしまったのだ。
 伝えたいことはあった。月の無い坂道がどんなに暗かったか、満月がどんなに明るかったか。でも、あの太陽が代わりに伝えてくれるだろう。地球の裏側に行っても、あの人はあの太陽を見るだろう。


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