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入江弥彦さん

入江です。狐がすきです。コンコン。 Twitter:@ir__yahiko

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不適切な落ち葉

18/10/20 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:3件 入江弥彦 閲覧数:334

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 タイムカプセルを見に行きます。
 そんな通知が届いた。風に乗って窓から入ってきた大きな葉をノートの間にすぐさま隠して振り返る。幸いなことにドアは閉まっていて、部屋の中にいるのは俺だけだ。階下では息子の騒ぐ声が聞こえて、リリコがヒステリックな叫び声をあげている。
 しばらく二階に来ることはなさそうだと判断して、そっとノートの間から取り出した葉に目を通す。見間違えるはずがない、十年前のシュウカの字だった。黒髪を緩くみつあみにしていて、おさげというには少しお洒落すぎるけれど、派手かと聞かれればそうでもない、笑顔が可愛い女の子だった。身長が思いのほか高かったのを覚えている。
 十年の時を経て、あの時みんなで書いたメッセージの種が木になったのだろう。大きな葉をたくさんつけて、その中の一枚が遠い地に引っ越した俺を探して飛んできたのだ。他のクラスメイトのところにも、きっと同じ葉が向かっているはずだ。俺があの時書いたものも今頃シュウカのもとに届いているのかと思うと、心がむずかゆくなる。
 日付と場所を記憶して葉を破ると、灰のようにぽろぽろ崩れて窓から散っていった。このことがリリコにバレたら彼女はなんというだろう。いい顔をしないのは確実だが、もしかするとしばらく口をきいてくれないかもしれない。昔は気が強いところが魅力的だったが、月日が経つとそれは嫌いなところに変わった。


 出張だと嘘を吐いたのは、実はこれが二回目になる。
 一度目は、学校主催の同窓会の時だ。シュウカは来なかった。よかったのか、悪かったのかはまだわからない。
 たくさんの葉をつけた木に近付くと、その根元でクラスメイトたちが談笑しているのが見えた。スーツ姿の俺に気が付くと、次々に声をかけてくる。
 久しぶり、元気だった、スーツなんだ、出張できたの、ちょっと老けたね、お互い様か。
 その一つ一つに曖昧な返事を返して、あたりを見渡す。あまりの美しさに、ぼんやりと光っているのかと思った。彼女の周りだけが発光して、俺に居場所を教えているのかとさえ。
「シュウカ、久しぶり」
「え、やだ、ガクくん?」
 俺に声をかけられたシュウカは口元に手をやって目を見開く。ゆるくまかれた黒髪が肩の上に乗っている。穏やかな笑顔に、初めて彼女の手を取った日を思い出して胸が熱くなる。
「ガクくんは出張?」
「まあ、そういうことになってる」
「オクサン、厳しいんだ?」
「えっ、なんで」
 わかったの、という前にシュウカは俺の左手をとった。
「指輪、女の子はそういうの目ざといの」
 そういう彼女にも、鈍く光る誓いが付いていた。目ざといのは、なにも女の子だけじゃない。
 ある程度人が集まると、居酒屋に移動することとなった。シュウカのもとには女の子が集まったし、俺も友達と合流して彼女と席が離れた。どうもこういう場は苦手で、懐かしいはずの同級生との集まりでさえ息苦しく感じてしまう。当たり前のように二次会に向かう流れから外れると、一人で木のところに戻った。全員に向けたメッセージが書いてある葉もあれば、種として使える葉もある。
 シュウカが全員にあてたメッセージが気になって彼女の字を探したが、どこにもなかった。
「ここにいると思った」
「シュウカ?」
 振り返ると、少し機嫌のよさそうなシュウカが立っていた。
「抜けてきちゃった、ちょっと息苦しくて」
 ずいぶんと飲んだのだろう、近すぎる距離に来た彼女の呼気からアルコールの香りがする。
 シュウカは俺と同じように木を見上げた後、視線を俺に写した。黒目がちな瞳が揺れている。
「ガクくん、この後用事とかあるの?」
 言わんとすることを察して唾を飲み込む。
 彼女のふわふわしたところが好きだった。意味深なところも好きだった。伝わりづらい言葉を選ぶところも。
「帰るよ」
 けれども今この瞬間、踏み切れない原因となって、少し嫌いなところに変わった。
 シュウカはそれを聞いて一瞬目を伏せた。長いまつげが彼女の表情を隠す。それから、二枚の葉をもぎ取ると一枚を俺に手渡した。
「じゃあさ、これを埋めちゃおうよ」
「それって」
 彼女は何も答えずに微笑んで、手を台にして自分の葉に何かを書き始める。見ようと思えば覗き込める位置だったけれど、それはやめておいた。ボールペンを返してもらって彼女へのメッセージを考える。すぐに読まれる手紙とは違う。届くのはきっと数年後だ。今の俺から、未来へ伝えたい言葉を探す。
「書けた?」
「……書けたよ」
 二人の葉を合わせると、シュルシュルと縮んで小さな種になった。ちょうどよい場所を探して歩く間、会話はなかった。無言のまま種を埋めると、彼女は立ち上がって土のついた手をはたく。
「またね、ガクくん」
 俺はそれに、首を振ることができなかった。


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このストーリーに関するコメント

18/10/21 キッド

タイムカプセルの中身と、外の世界と。
自分を閉じ込めたままの男。気の強さも、思わせぶりなところも結局どっちも都合が悪い方が嫌いで、なんか受け身で煮え切らないなあ…。だけどそんな優柔不断な彼の周りには、これからも色んな種がまかれたり芽を吹いたりするんだろうなあ。
あ、あと家に帰ったら「火種」が待ってるのかなあ。

18/10/21 キッド

最後に埋めた種が葉になって届くころ、シュウカは生きてるのかな…?なんとなく、この種が樹になり葉っぱが届くころの二人を想像するのがちょっと怖くなりました。

18/10/21 入江弥彦

キッド様
コメントありがとうございます。
意識して書いたところなので彼の受動的な態度にモヤモヤしていただけて嬉しいです。
未来へ向けた伝言がいい方向に転ぶといいですね……

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