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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。 ……ということも言ってられず、ついに虫歯を治療しましたところ、ちっとも奥歯の不快感が消えてくれないので、「先生、虫歯を見落としていませんか。虫歯がまだ残っていると思われます」と大変失礼なことを尋ねてみましたら、「それ、本当に歯が痛いのですか。歯茎は少し腫れていますが、本当に歯ですか」と逆に聞かれ、やっぱり恥ずかしい思いをしました。こんにちは。 

性別 女性
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信頼の証

18/10/07 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:188

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「ねぇカヨちゃん。あんまり塾の本とか学校で開かない方がいいってミツキちゃんが言ってたよ。カヨちゃんがカンジ悪くみられちゃうから」
 私がそう言うと、カヨちゃんはじっと私を見上げ、それから私の肩越しに廊下側のドアのところでかたまっているミツキちゃんたちを見やり、「ふうん」と応えた。
「あとね、西田さん。その靴下、ミツキちゃんと色ちがいでしょ。ごかいされるなあってミツキちゃんが言ってたよ。ちょっと困ってたみたい」
 カヨちゃんの前に座る西田さんが自分の足元をのぞき、彼女の方こそ困ったように笑った。
 言うだけ言うと私はくるりときびすを返し、ミツキちゃんたちのもとへ戻る。
「どうだった?」
 ミツキちゃんの大親友、マナちゃんが聞く。
「わかってくれたと思う」
 自信満々に言うと、ミツキちゃんが顔を輝かせた。
「ありがとー。やっぱユナちゃんはたよれる!」
 5年2組の女子は17人。ミツキちゃんはその頂点に立つ。マナちゃんがぴったりとその隣。さらに3人くらいがその次で、あとは別の中堅グループがいくつか。私は誰とでも仲良くなれる性格が功を奏して、どのグループにも片足を入れておける。

 近頃、女王ミツキちゃんから頼まれごとが多い。信頼の証。
「益田がこの前シャーペン借りていったまま、返してくれないの。返してってユナちゃんから言っといてくれない?」
「サヤちゃんが西村くんに告白したいんだって。ユナちゃん、呼び出してくれない? 今日、放課後にうさぎ小屋にきてって」
 自分で直接言えばいいのに、とは思わない。女王であるミツキちゃんにお願いされるなんて、出世だ。光栄だ。
 上位にも顔がきいて、中堅グループとそつなく付き合い、西田さんみたいな下位とも「対等」に話せる。私は自分のポジションがどれだけ繊細かわかっていて、それでも気に入っている。
 今の「伝言役」だって、「伝える側」は「伝えられる側」よりちょっと上で、「ミツキちゃんのお使い」っていう大義名分は私の価値に「箔を付ける」ような気がする。

 翌日、朝からミツキちゃんたちがよそよそしい。昨日のサヤちゃんの告白はどうなったのだろう。結局その日、サヤちゃんは学校に来なかった。
 さらにその翌日。ミツキちゃんに近いアイちゃんが私の席までやってきた。
「ユナちゃん。サヤちゃんのことなんだけど。西村くんにちゃんと伝えた? 放課後にうさぎ小屋って」
「伝えたよ。なんで? サヤちゃん今日も休み? 何かあったの?」
 アイちゃんは気まずそうに目元をゆがめ、少し声を落として言った。
「ミツキちゃん怒ってるよ。なんで余計なこと言ったのって。サヤちゃん、西村くんに『言いたいことあるなら最初から自分で言え』って言われたんだって。『サヤの伝言をミツキが聞いて、それを舟瀬に言いにこさせるとか意味わかんねえ』って。ユナちゃん、西村くんにそういうこと全部説明したんでしょ」
 頭を、思い切り殴られた気がした。
「説明、っていうか。聞かれたから......」
「ミツキちゃん、言われたことだけ伝言してくれればよかったのにって。もうユナちゃんは信じられないって言っといてって」
 衝撃を受けたのは、単にアイちゃんの言葉にだけではない。アイちゃんの申し訳なさそうなその顔に、薄く広がる優越感を見たからだ。「伝える側」の、余裕。私の役割を奪われたのだ、とはっきり知る。
 言葉が喉の奥でつっかえたまま、私はゆっくりとアイちゃんの肩越しに廊下側のドアに目を向ける。
 ミツキちゃんとマナちゃん。その取り巻きが楽しそうに笑っている。
 伝達は常に上から下。それでも、直接言えばいいのに、と一瞬でも思ってしまった自分に驚いた。

 そ ん な 価 値 も な い の だ。

 女王からすれば、私たちは。
 私自身、伝言役をやりながら喜んでいた。
 あなたたちは女王に直接話してすらもらえないけど、私は違う、と。
 私はそっと教室の隅に視線を移す。カヨちゃんも西田さんも、ひとりで本を読んでいた。
「ごめんねって言っといて? ミツキちゃんにも、サヤちゃんにも」
 伝達は常に上から下、の法則を無視し、私はアイちゃんを見上げた。アイちゃんは一瞬驚いた顔をし、すぐに「うん、なんかごめんね。またミツキちゃんが何か言ってたら言うね」と慰めるように微笑んだ。アイちゃんの気持ちが手に取るようにわかる。ただの伝言役は、悪者にはなりなたくない。矢面に立たされていることも気づかないうちに、本能のように自己防衛を忘れない。
 私は教室を見回す。
 一段階、堕ちただけだ。まだ。
 誰とでも仲良くなれる。裏を返せば八方美人。
 それがどうした。私たちは、ここで生きていかなきゃいけない。
 焦りで氷のように冷たくなった両の手を握り締め、大丈夫大丈夫と、心の中でいつまでも繰り返した。


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