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本宮晃樹さん

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世界を救った吝嗇家

18/10/04 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:154

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 スタージョン元帥は重々しく宣言した。「やむをえん、〈スロウランサー〉に通信を打て。例のブツをぶっ放せ、とな」
 マホガニーのデスクに向かって不動の姿勢をとっているベイリ中将の顔が、熟れる前の梅みたいに青ざめた。「すると、連中は節度をわきまえなかったのでありますか」
 冷戦終結後、核廃絶は順調に進んでいたはずだった。核兵器は保有するだけでやたらに金がかかるし、いざ鎌倉と相成った際にもほかでもないその破壊力のせいで、気軽にぶっ放せないというデメリットがある。さっさと手放すに限る。合衆国政府は――大筋では――そう考えていた。
 ただしワルシャワ条約機構のボスが同意するならだ。ボスであるロシアは同意していた、ついこのあいだまでは。
 下馬評を覆して当選してしまった合衆国大統領(最新版)は国民へのおべっかを少々、派手にやりすぎるきらいがあった。そのおべっかのひとつがこともあろうに合衆国第一主義ときた。
 関税障壁の構築、NAFTAブロック経済の強化、軍備予算の拡張、その他いろいろ。これらなんかはかわいいものだ。だが彼は超えてはならない一線を超えた。いつも通り核廃絶条約が履行されているかIAEAの調査団がサイロを査察した際、残っているべきでない数の核弾頭が白日のもとにさらされたのである。
 この手の不祥事が起きると不信感はいや増すものだ。あれよあれよという間に冷戦が再燃し、なにか適当な燃料があれば核戦争へ発展しかねない一触即発の状態へと世界は転落した。
 そして適当な燃料は先ごろ、薪としてくべられた。キューバが――またしてもキューバだ――ミサイルを発射台にセットしたのである。
「もう一度だけお尋ねします」ベイリ中将は不動の姿勢を崩さない。「ロシア野郎どもに核で先制攻撃をかけるのですね?」
「わたしが冗談を言ってるように見えるのかね」
 中将は震えあがった。「サー! 命令を受領し、理解しました」

 中将は気が進まないまま、直属の部下を執務室へ呼び出した。緊急だと言ったのが効いたのか、スミス大佐は光速の六十パーセントですっ飛んできた。デスクの前でさっと敬礼する。「スミス大佐、出頭しました」
「スタージョンの親父がついに決心した」
 大佐は破顔した。「するとついに、宿舎のトイレにウォシュレットがつくんですね」
「ケツに火がついたのはきさまのような痔持ち軍人ではない」中将の目は笑っていなかった。「ロシア野郎どもだ」
「どうも話が見えませんな。ロシア野郎どもの宿舎へスパイを潜入させ、わざわざウォシュレットをつけてやることのどこにわが軍の利益が――」
 中将は爆発した。「きさまは新聞を読んどらんのか! さっさと〈スロウランサー〉の艦長に一仕事やらせたらどうなんだ」
 大佐は震えあがった。「サー! 命令を受領し、理解しました」

 大佐は気の進まないまま、直属の部下を呼び出した。もちろん彼は光速の六十パーセントですっ飛んできた。「ライアン大尉、出頭しました」
「楽にしろ、座れ」驚くほど優しい口調だった。「いよいよこの戦争が終わる」
 大尉は欣喜雀躍した。「これで田舎の牧場を安心して継げます」
「喜ぶのはまだ早いぞ。そのためにはお前から〈スロウランサー〉の艦長に伝えてもらわねばならん」
「拝聴しましょう」大尉は不動の姿勢をとった。
「ロシア野郎どもをおとなしくさせてくれ、と」
「おとなしくさせる、ですか」ライアンは息を呑んだ。「それはつまり……?」
「みなまで言うな。人並みに新聞に目を通していればどんな意味かわかるだろう」
 ところが彼は節約のため、新聞をとっていない吝嗇家であった。「サー! 命令を受領し、理解しました」
 非情な命令は世事に疎い大尉を皮切りにして、徐々に歪められていった。

 攻撃型原子力潜水艦〈スロウランサー〉の艦長は、司令部から届いた奇妙な命令を前に困惑していた。
「ロシア野郎どもとよろしくやれとはどういう意味だ」
〈スロウランサー〉はオホーツク海の底、深度三百メートル付近を遊弋している。陸に揚がるのは年にたったの三回。現在地を敵に察知されないための涙ぐましい努力である。核ミサイルを搭載している原潜の宿命だ。
 海中は電波が著しく減衰するため、どうしても命令は短文の文字で受領せざるをえない。ふつうはもっと簡潔かつ明瞭なのだが、今度のやつは謎めいている。そのくせ緊急なのだから始末が悪い。司令部に問い合わせている暇はない。
「どうもよくわからんが、仲よくしろということか?」
 艦長は頭をひねったすえ、曳光弾を連続発射して空中に文字を描くことにした。オホーツク海海上に「No war」の二文字が高々と浮かび上がった。

 ウラジオストクの司令官は史上類を見ない和平交渉が始まったという報告を受け、ただちにクレムリン宮殿へ連絡を入れた。


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