浅縹ろゐかさん

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裏紙

18/10/02 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件  浅縹ろゐか 閲覧数:221

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 タクマの家では、メモ帳と呼ばれるものを買ったことがなかった。チラシを破きクリップで留めたものを、メモ帳として使っていた。簡単に言えば、裏紙である。新聞に挟まっているチラシを破いてメモを補充するのは、タクマの役目だった。文庫本の半分くらいのサイズにチラシを破き、順々に重ねてクリップで留める。その作業はひどく単純であるけれど、タクマは嫌いではなかった。単純作業は、心を落ち着けることができる。それに気が付いたのは、小学四年生のときだった。
「タク、お母さん仕事行くからね。ご飯ちゃんと食べておいてよ」
「はあい。ねえ、ユウマのご飯は?」
 ユウマというのは、タクマの双子の兄のことである。洗面台で化粧をしていた母は、タクマを振り返り壁にある時計を見ている。母は昼は弁当屋、夜はホステスとして仕事に明け暮れる日々が続いていた。休みというのも、殆んどないような状態だった。
 父は事故死をした、ということになっている。母はそう言ってタクマに説明をしたが、噂は嫌でも耳に入ってきた。周囲の大人達はタクマに過剰なばかりに、優しく接してきた。クラスメイトたちは、そういう訳にいかなかった。何事にも興味津々というのは、残酷なときもある。本当は自殺だったのか、と直接聞かれることも度々あった。俯くばかりのタクマを見て、つまらなそうに肩を竦める。何も知らなかったので、答えられないのだ。本当は、タクマが一番知りたかったことだ。落ち込むタクマを慰めてくれるのは、ユウマしかいなかった。
「ねえ、お母さん」
「もう行かなきゃだから。タクマ、分かるわね?」
「……うん」
 ランドセルから出した紙に目もくれず、母は踵の高い靴を履いてアパートを出て行った。鉄製の階段が甲高く鳴く音が聞こえ、やがて足音すら聞こえなくなる。タクマは授業参観を知らせる用紙を、ぼんやりと見つめる。母が来ることは叶わないだろうが、授業参観があるのは知らせたかった。母は毎日の暮らしに必死なのだ、邪魔をしてはいけない。それは分かっていることだった。
 冷蔵庫に用紙を貼り付け、中にあるおかずが載った皿を取り出す。一人分の食事しか用意されなくなったのは、父が死んでしまってからだった。それをユウマと二人で、分け合って食べている。食事も最初のうちは、母の手作りであったが、いつしか弁当屋の賄いの惣菜になっていた。それを皿に盛っている、という訳である。レンジで温め白米と共に、食べる。食事中に観るのは、いつもバラエティ番組だった。気に入った番組という訳ではないけれど、これを観ていないとクラスメイトの話題についていけないのだ。
「ねえ、ユウマ。何しようかな」
 夕食も風呂も終えた後、タクマには膨大な時間が残されていた。食卓の側に放置されていた数枚のチラシを取り、丁寧に折り畳み始めた。何もしなかったら、余計なことを考えてしまいそうだった。父の本当の死因だとか、忙しない母の様子だとか、興味本位であれこれと聞いてくるクラスメイトとか、腫れ物のように自分を扱う周囲の大人だとか。全部投げ出してしまいたくなる。それを考えないように、タクマは黙々とチラシからメモ帳を作る単純作業に没頭していた。最後のチラシも裏紙のメモ帳としてクリップで留めた後、一枚だけ手元に引っ張り出した。電話の側にあった鉛筆を取り、なるべく丁寧な字で言葉を選んで書き付けていく。
「ユウマ、お母さんは変わっちゃったね」
 目の前の椅子に座るユウマは頷いて、食卓を指先でリズム良く叩いている。最近気に入っているらしく、こうしてトントンと食卓で叩くのだ。もしかしたら、ドラムにでも興味があるのかもしれない。
「お母さん。なんでユウマのこと無視するの? なんで僕の食事しかないの? お母さん、僕たちを嫌いになったの?」
 裏紙のメモ帳に書き付けたのは、凡そこういった意味合いのことだった。母が帰ってくるのは、早朝だろう。食卓の上に母に宛てた紙を置き、タクマは布団に潜り込んだ。何かしら返事をしてくれる筈だ。母はユウマは無視するが、タクマのことは無視しないのだ。
 翌朝。母に起こされたタクマは、リビング横にある和室へ来るようにと言われた。手早く着替えて、顔を洗ってから和室へと向かう。母は疲れた様子でもあり、困った様子でもあった。
「お母さん?」
「昨日はお手紙くれてありがとうね。お母さんも、どうしたら良いのか分からなくて」
 ふう、と溜息を吐いた母は随分と老けて見える。母の視線を追うようにして、右側を見る。
「タク、分かる? ユウマは、お父さんと一緒に亡くなったの。お母さんには、見えないのよ」
 両肩を揺さ振る母の声が、頭の中であちこち反響する。タクマは漸く理解した。真相は、父が一家心中を試みて、母とタクマが生き残ったのだ。まだ幼かったタクマには、それが受け入れられなかったのであった。


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