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chihoさん

ニックネームが 「ちほ」から「chiho」に変更しました。 「ちほ」の作品も読んでいただけると嬉しいです。ほとんどが「優しさ」をテーマにした作品です。このテーマは、これからも続けます。よろしくお願いします。

性別 女性
将来の夢 童話作家になること。
座右の銘 「たいせつなのは どれだけたくさんのことをしたかではなく どれだけ心をこめたかです」

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領主さんからの伝言です。

18/10/02 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 chiho 閲覧数:127

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切り立った山々に囲まれたリンブルグ地方を、若干二十歳の領主が治めていた。村々を襲った伝染病の早期撲滅を宣言したのは、ほんの数日前。領主は不眠不休の対応に疲れ果てていた。が、片腕であるカレルは思案していた。うまく取り組めば、もっと広い地域にも特効薬を届けられたはずだと。様々な提案をしてみるが、布団の中からの領主の答えは、いつも「必要ない」だった。だが執拗に訴えるカレルに、とうとう領主も折れた。
「一時的に領主の権限をカレルに委ねる。領民に知らせるから」
 実際に権限を手にしてみたカレルだが、三時間で返上してしまった。
「どうした?」
「……重い。一般人の俺には重すぎて身動きできない」
「えっ? 身動きできなくなるくらいの重さなんて、僕は感じたことないよ?」
「向き不向きがある。ちょっと書庫に寄らせてもらうよ」
「どうぞ」
 リンブルグは、暮らしていくのに楽ではないため、宝石類などは手に入ればすぐに売ってお金にしてしまう。けれど、絶対に売ってはならないものもあった。領主館に収められている大量の書物だ。代々の領主が蒐集してきたリンブルグについて記されている書物。この地を継ぐ者は、それらの知識を手掛かりにしてリンブルグを治めてきた。
カレルは、書庫の一番奥の本棚に立てかけてある梯子を上って、天井近くの本棚の上に腰を下ろした。窓際の赤いカーテンをサッと引き寄せて即席の自室を作る。いまのカレルには、思案できる静かな空間が必要になっていた。隙間から入ってくる僅かな光を頼りに、医学書を読み進めていく。必要に迫られた学びではあるが、知識を蓄えていく行為は間違いなく至福の時間だった。
「だって、お花のタネほしかったんだもん!」
いきなり耳に飛び込んできた少年の声に、カレルは驚いて顔を上げた。ふくれっ面でドアの向こうに文句を言っているセーラー服の男の子。九歳のウォルターだ。領主館には、行儀見習いで通ってきている。
「書庫の神さま。イタズラってさ、どんなのでもいけないの?」
 少年は、カレルを『書庫の神さま』と呼んでいた。見えないものは全て神さまだそうだ。
「どんなイタズラ?」
「頼まれた伝言の代わりに『おこづかいをウォルターにあげること』って伝えてみたの」
「それは叱られるよ」
「うん。もっと上手にやればよかった!」
 この子は、悪戯を計画しているときだけ妙な方向に頭が回るのだ。
「戦争のときにウソの言葉を伝えたら、みんな混乱するよ。敵が潜り込んでわざと混乱させることもある。で、国が滅びる」
「えっ! ほろびちゃうの!? ……あとで反省しよっと、寝る前あたりに」
「いま、しないの?」
「もうすぐ夕ご飯だもの。反省って、おなかの消化に良くないよね?」
 カーテンの隙間から、夕方のどろりとした赤銅色の光が差し込んできていた。こんな憂鬱な光に包まれると余計に息苦しい。ウォルターが、靴のかかとをカツンと鳴らした。
「ええと、領主さんの伝言を持ってきた」
「うん?」
「『この世には赦すという言葉がある』って」
「えっ?」
「『リンブルグ地方の全ての領民が貴方を赦した。だから、領主も赦すことにした』って」
 ウォルターの言葉は、リンブルグからの追放も覚悟していた男にとって、驚くべきものだった。カレルは、勉学のため赴いたクリスタで伝染病に感染して、リンブルグに病原菌を持ち込んでしまった。リンブルグに帰国してから発症した。陸の孤島のリンブルグでは、伝染病ほど恐ろしいものはない。一人の死者だけで済んだのは、運が良かっただけだと領主もわかっている。ウォルターは、淡々と言葉を続けた。
「さらに、領主さんからの伝言です。ええと……『カレル、貴方は僕の大切な領民を一人救えなかったが、それは領主である僕の責任。貴方は、数えきれないくらいの人々の命を救ってくれた。リンブルグの民は、受けた恩を決して忘れない』」
 ウォルターは、一番奥の梯子に狙いを定めて突進した。梯子を素早く上った彼は、カレルの静かな空間の壁を一瞬で取り払ってしまう。
「『一緒に夕ご飯を食べよう。領主館のオムライスは美味しいぞ』って領主さんからの伝言です。どうする?」
「……」
「『来てくれないと、僕が困る』と伝言です」
「……」
「『来てくれないかな?』と伝言です」
「……」
「あのぉ、領主さんからの最後の伝言だけど……『赦されてるんだから諦めろ!』って」
 カレルは「……了解」と小さな声で答えた。答えたら、少し泣けてきた。


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