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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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あたしのやさしいおばあちゃん

18/09/30 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:159

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 背後から男が襲いかかってきたとき、美智代は悲鳴をあげたが、路地にはただ真っ暗な闇があるばかりだった。
 人ふたりすれちがってやっとの狭い路だった。会社のいきかえりに、いつも利用していた。二十メートル前方には、彼女の住むマンションがあった。いつもはしかし、まだあたりはいまのように暗くはなかった。同僚のし残した仕事を手伝って遅くなった。駅から速足で商店街をぬけ、道路沿いに十分ばかりあるいてこの細い通りに入るとあとはマンションまでまっすぐとあって、ほっと一息ついたのが、油断につながったのだろうか。男がいつ、どこからあとをつけていたかはわからないが、この機会をねらっていたことだけはたしかのようだった。
 男の腕はおそろしくつよかった。いくらおしのけようとしても、びくともしない。それでも彼女はけんめいにもがいて、男の腕から辛うじてすりぬけるなり、向こう側にある外灯にむかってしゃにむにかけだした。
 外灯の白く冷たい光の下にたった美智代は、暗がりのなかからせまってくる男の、荒々しい息遣いを絶望にみちた気持ちで耳にした。
 彼女は無意識に、首からかけたポーチをつかんでいた。ポーチのファスナーをあけるとなかから、手垢にまみれたお守り袋があらわれた。
 おばあちゃんは美智代が十二歳のときに亡くなった。入れ歯のせいか彼女のことをいつもミチューとよんでいた。フランス人みたいと、美智代はよろこんだ。父も母も仕事をしていて、一人娘の美智代はちいさいときからおばあちゃんといっしょだったので、両親よりも彼女はおばあちゃんによくなついた。
 おばあちゃんはしかし、美智代を甘えん坊にすることをいやがり、欲しいものをねだったり、わがままをいったりすると厳しく叱りつけた。それでも彼女が小学校の作文コンクールで優勝したときなどは、彼女がまえからほしがっていた結構高額のゲーム機を買い与えたりした。
 ふたりだけで旅行もしたし、おばあちゃんが大好きだったので彼女も好きになった盆踊りや祭り見物などもいっしょによくでかけたりした。
 あるときおばあちゃんが、しみじみと美智代の顔をみつめて、こんなことをいった。
「ミチュー、あんたはおおきくなったらきっと、男たちの目をひきつける女性になるわ」
「あたし、美人になるのかしら」
「だけどそれは、かならずしもいいことじゃないってことを、しっておくんだよ。いまのあんたにはまだむずかしいとはおもうけど、美人でも不幸な女性はいくらでもいるのだから」
「おばあちゃんは、どうだったの」
「どうって」
「やっぱり不幸だったの」
「よくみなさい。わたしのどこが美人なの」
「じゃあ、幸せだったの」
「そうにきまってるでしょ。だってミチューのような孫がいるんですもの」
 おばあちゃんは美智代が中学にはいってすぐに、脳梗塞で倒れた。病院のベッドで一週間、昏睡状態がつづいたあげく、息をひきとった。美智代が両親と見舞いにいったときも、すでに何の反応もなかった。
 母が美智代に、おばあちゃんからおまえにといって小さな布袋をてわたしたのは、おばあちゃんの葬式もおわってひと月もたったころだろうか。なにかとばたばたしていて、ようやくおちついた母が、おもいだしたようにもちだしたのだった。
「おばあちゃんが、あたしに」
「そうよ。病院でおばあちゃん、わずかなあいだだけど意識をとりもどしたことがあって、ちょうどその場にいあわせたわたしに、これをおまえにって、わたされたの」
 無地の白い袋をとみこうみする美智代に、母は、
「なんでも、おまえが危険な目にあいそうになったとき、袋をあけるようにだって」
「へえ、お守りなんだ………」
 いままさにその危険な目に直面しそうになっている美智代だった。が、そんなものがじぶんをすくってくれるなどとは毛頭おもわなかったものの、ふいにおばあちゃんの顔がおもいうかんできて、気がついたら彼女は、袋から折りたたんだ紙をだしてひろげていた。そこには頭上の弱弱しい光でもひと目で読めるほどの太い毛筆で、
 殺しておしまい
 と書かれていた。
 その一瞬後、男の顔が美智代の目の前にせまった。美智代は爪をたてた指を男の欲情をたぎらせた目に、ちからまかせにつきたてた。
 男は悲鳴をあげて反り返った拍子に、路地に沿った建物の壁にしたたか頭をぶちあてた。暗がりのあちこちで、窓の開く音がきこえ、つづいて人の声がした。男は足をもつらせながら、暗がりのなかを一さんにかけだした。
 美智代は折った紙をふたたび袋にもどすと、ポーチにいれて首にかけた。
 マンションにむかってあるきだした彼女の耳に、おばあちゃんのいったいろいろな言葉がよみがえってきたが、いちばんおもいだされるのはやっぱり、じぶんのことをフランス人のようにミチューとよんだその、やさしさにあふれた顔だった。


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