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紅茶愛好家さん

他所でも別名義にて活動中です。 作品書いては毎度家族に読んでもらってます。面白い作品が書きたいなあと試行錯誤中。作風は真面目なのからふざけたのまで色々書こうと思っています。

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伏字を愛した男

18/09/24 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 紅茶愛好家 閲覧数:72

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たまに会うじいちゃんはいつも優しかった。
小学生の夏休み、読書感想文の宿題で上手く書けず困っていると「英輔、そういう時は伏字を使うといいんだよ」と教えてくれた。
オレは教えられた通り原稿用紙を○○○で埋め尽くした。
先生には叱られたがオレは満足だった。だってじいちゃんは伏字も立派な文字だと教えてくれたから。それ以降ボクは人生の困った時に伏字を使うようになった。

中学の期末試験、オレは解答用紙を○○で埋め尽くした。全問記入して、間違いがないか見返す。丸が三角に近かったり小さすぎる物は書き直した。丸の個数があっているかは重要で、先生に答えがまるっきり分からないわけではないことをアピールする目的がある。もしかしたら部分点を貰えるかもしれない。
淡い期待を抱いていたが結局一点も貰えなかった。そのうえ三者面談の時、先生に前代未聞だと母に告げ口された。母は笑ったが先生が笑い事じゃないんですよというと「すみません」と一言謝り、どうしてそんなことしたのと問うてくる。そこでオレはじいちゃんの受け売りを熱弁した。
伏字はすべての文字を兼ねるこの世で一番万能の文字であり、自分が伏字を使うのには理由があって、それは伏字を心から愛しているからで決して回答が分からないわけではなく、分かったうえでそう回答しているのだと。
先生は仏頂面だったが、帰り母は「もう少し勉強しようね」と笑ってくれた。

時は過ぎ、勉強の甲斐あってかオレは県内の国立大学へと進学した。しばらく伏字のことは忘れていたのだがある日、もう一度使ってみようと思い立つ。それは就職試験でのことだった。

『県産品の海外へのアピール及び海外輸出に伴うメリットとデメリットを答えなさい』

オレはしばらく考えた。近頃では農産物の海外への輸出が新たな販路拡大の道と聞く。まず思い浮かんだのがゆずだった。香り高いゆずは欧州でも近年の日本食人気の向上とともに人気が出て需要が高いと聞く。他県ではすでに海外への販路を確立しているところもあり見習わない手はない。
ゆずの魅力は何だろう。皮、果汁、果肉どれをとっても一級品、メイン料理からデザートにまで使え用途の幅広いことだとすぐに浮かんだ。次にメリットとデメリットだ。メリットはすぐに浮かんだが問題はデメリットだった。考えど考えど思いつかない。結果、オレは伏字に頼ることにした。たくさん文章を連ね最後に、デメリットは○○が○○○○ことです。と書いた。
後日、送られてきた封筒の中身を開けて驚愕する。一次選考に通過していた。どうしてだろうと考えてみる。普通伏字など使えばこれまでの人生の経験上落とされるかと思っていた。人生とは得てして不思議なものだ。
二次試験は面接だった。一次試験を突破したのは五人と思った以上に狭き門だった。面接室に入ると社長と社員が二人いた。
面接では志望動機だとか研究のこと、社会問題についても色々聞かれた。感触は良く、話していて実に楽しかった。自分の気質に合ってる会社だと思った。ひとしきり話し終えたところで社長が「実は……」と話し始める。
「キミのね、一次試験の論文を読ませてもらったよ。非常によく書けていた。よく書けていたんだけどね、最後伏字使ってたでしょ? それがひっかかってね。僕は一種のユニークだと受け取ったんだけど。中には落とそうという社員もいたんだよ。で、今日来てもらって話を聞いてから判断しようということになってね。就職試験でどうして伏字なんか使ったんだい?」
「恐れ入りますがまず、伏字なんかという表現を撤回してもらいたいと思います」
「ほう」
「伏字には歴史があって古くは江戸時代徳川慶喜公の名前を隠す目的で使われ始めました。時代は過ぎて戦時中……」
オレは熱を帯びた言葉で伏字の歴史をこれでもかと語った。演説を終えてはっとする。これは就職試験なのだと。社長は何か考えたあと、ふっと笑みをこぼした。
「実に面白いお話だったよ、キミにはまた会いたいね」
求める握手に応じて席を立つ。
まっすぐな目でオレを見てくれたが……
――結果は不採用だった。

その後、オレは小さな食品会社に就職し紆余曲折を経て、○○○太郎という史上初の伏字作家になった。え、どうしてこうなったかって? オレもよく分らないのだが就職して三年目、転職の口を探していたオレはある日公募というものを目にした。小さな短編賞だったのだが、とち狂ったオレは作品を全て伏字で仕上げた。それが変わり者の編集者の目に留まり、めでたくデビューとなった。始めは奇をてらった作品性が話題となりそこそこ売れたが、三作目派手にこけて以降出版の話は来なくなった。

そして今、オレはこの世には存在しない。
そう、オレは作家としての失敗を悔やみ自殺をした。
立派な戒名だってある。

○○○○○○居士○○、お気に入りの戒名だ。


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