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森音藍斗さん

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そして彼女は

18/09/24 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 森音藍斗 閲覧数:153

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 ——そして彼女は、×××、と言った。

「……は?」
 僕は思わず声を上げた。それは揺れる電車の音に掻き消されてくれることはなく、他の乗客の視線が集まって散る間、僕は肩を縮めているしかなかった。
「どうしたの」
 僕の向かいに彼女が居てくれたのが幸いだった。会話をしていた体裁に——ならないか。彼女と自分の間に言葉が交わされていなかったのは、この静かな車内で何よりも明白だ。
「どうしたの」
 もう一度、彼女が聞く。僕はたった今読み終わった文庫本を彼女に見せる。
「これ、貸してくれてた本だけど」
 ああ、読み終わったのね、とそれだけで彼女は、僕が声を上げた理由を察したようだった。
「面白かったでしょう」
 彼女はにやりと笑う。
「面白いものか」
 擦れ違ってしまった男女、彼らが再び手を繋ぐことはできるのか。それが男性側の視点で綴られた恋愛小説だった。理解できないこと、理解してもらえないこと、どうして君は哀しそうな目をした、どうしたら君にもう無理な笑顔を作らせずに済む。彼は考えた。彼女の友達に相談もした。本当に彼女が求めているものは。彼女の求めるデートとは。彼女の求めるプレゼントとは。彼女のためにできることは全てやって、再び彼女が笑い、そして物語の締め括りとして、彼は彼女に問いかけた。もう一度、僕に君を幸せにさせてくれますか、と。
 それなのに、これじゃあんまりだ。
「後味が悪いな。ハッピーエンドなのに、どうして隠す必要があったのだろう」
 そう言うと、彼女は僕の前で目を丸くした。
「まるで彼女がouiと答えたことが自明みたいね」
「なんだって?」
 彼女はこの小説を、何度も読んだと言っていた。
「君も、ouiだと思うでしょう?」
「どうして?」
「どうしてって」
 読んだなら分かるはずじゃないか。そう言おうとして、でも言ってしまったら何かが決定的になってしまう気がした。
 僕が逡巡している間に、
「着いたから、またね」
 気付けば彼女の家の最寄り駅だった。
 またねという言葉にどれだけの確実性が含まれているのか問い質す時間も与えられないまま、絶対的な自動扉が僕と彼女を隔てる。

 ——そして彼女は、×××、と言った。

 付き合い始めてまもなく一年。彼女はどうして、ふわりと遠くを見ることが多くなった。
 理由を尋ねると、最近疲れてて、と眉を下げて笑う。笑えなんて言ってない。僕もそこまで馬鹿じゃない。
 彼女をデートに誘う。彼女の友人にこっそり聞いてみたところ、忙しいというわけではないようだった。それなら彼女の心を休めることができるデートを提案しよう。一周年記念のプレゼントも考えよう。
 電車に揺られる彼女を横目で見る。彼女は窓の外に目を向けている。
 無言が気不味いなんてことははじめてだった。僕が本を読んでいたって、彼女が音楽を聴いていたって構わないのが僕らだった。隣に居るだけで価値があるはずだった。なのに僕は今、彼女に掛ける言葉が見つからず焦燥している。
「着いたから、ばいばい」
 気付けば彼女の家の最寄り駅だった。ばいばいという言葉にどれだけの意味が含まれているのか問い質す時間も与えられないまま、絶対的な自動扉が、僕と彼女を隔てる。

 ——そして彼女は、

 デート決行日、待ち合わせのカフェで、彼女はいつものようにカフェラテ片手に本を読んでいた。
 僕の鞄には小さな紙袋が入っている。彼女へのプレゼント、ちょっと高めの入浴剤。バイトを増やし、食費も削ってなんとか購入したものだった。もうすぐ一周年の彼女への感謝と、これからも時間を共有するための気遣い。彼女が哀しそうな目をしないように、また心から笑ってくれるように、彼女がまだ、僕と幸せでいられるように。
 カフェに足を踏み入れる。彼女の正面に立つ。彼女は顔を上げる。読んでいた本は、僕が先日返したばかりの、彼女はもう何度も読んだはずの、例の恋愛小説。
 最後のページを開く彼女の目は気怠げだった。
 今恐らく僕の鞄の中で紙袋が潰れた。
 小説と同じことをしていても、彼女は帰ってこなかった。

 ——そして彼女は、
 何と言ったのか本当はもう分かっていた。

「違うのよ」
 カフェラテのカップをテーブルに置く音がした。
「彼女が何と言ったと、私が解釈したか。たったそれだけ。私にとってはそれが全てではあるのだけれど」
 彼女は頬杖をついて笑っていた。
「今から台詞を吐くあなたが、それに迎合する必要性はないわ」
 それは曇りなき笑顔、紛れもなく、僕が惚れたあの笑顔。
 僕は息を吸った。
「もう一度——」
 そして彼女は——


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