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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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プライベート・プラネタリウム

18/09/24 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:180

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 いつものように明かりを消して、夜を満たした部屋の天井に、綺羅星が灯った。二人で選んだ白いテーブルの上には、丸く黒い球体の家庭用プラネタリウム。日常の重圧から解かれた空間の隅っこで、僕とルリは一つの毛布を被りながら、どちらかが眠くなるまでお互いのことを語り合う。
 大学生になって二人暮らしを始めてから、週末の夜にこんな儀式を続けて1年半が経とうとしている。
「なあ。鶏になりかけた雛って見たことがあるか? とさかもないくせにすらりと背ばかり高くってさ、ピヨピヨ鳴く。アンバランスだよな」
「ミサキ。ヒヨコだって思春期があるのかな」
 僕は「さあね」とはぐらかす。ある日突然、卵を産む啓示を受けて本能のまま産み続ける。自分の意志も関係ないまま。そう考えるとちょっと怖いから、ニンゲンってやつは自分を複雑にして曖昧にしたがるのかもしれない。
 ルリの手首には、3年前のためらい傷が残っていた。僕の前でだけは隠さないのは、信頼してくれているのだろう。お揃いのTシャツを着た僕が、まるで双子のように寄り添うのを感じながら、ルリは温かそうに眼を細くする。
 メリーゴーランドよりゆっくりと回転する星空の下、体育座りの僕たちが欲しがっているのは、何色だか分からない未来の居場所だった。


 親友のルリが自殺を図ったと聞いたのは、高校2年の時だった。事情も呑み込めないままに、病院に駆け付けた僕は、目指す病室から激しく言い争うような声を聞いて、足が竦んだ。
「■■て■! ■な■■■か■っ、■き■い■■か■!」
 温厚な彼女の、拒絶の言葉が途切れ途切れに聞こえる。
 ルリから離れるように違う高校を選んで、しばらく疎遠になっていた僕は、その声が自分に対する叱責のように思えた。言葉を尖らせた感情の叫びが反響して、耳を塞ぎたくなる。
 花束を抱えたまま帰ろうとしたが、病室から出てきたルリの母親と鉢合わせしてしまった。娘を何とかして欲しいという母親の縋る眼差しに負けて、僕は病室の扉を開けて、一人中に入るしかなかった。
 ベッドの上に身を起こすルリは、少し痩せた横顔だったが、僕を見て少し口角を上げる。お互い知らない時間が増えた分、彼女の栗色がかった髪も伸びていて、自殺の原因は恋愛のもつれじゃないかと直感的に思った。
 あの無邪気だったルリがどうやって、命を削るような恋愛をしてきたのだろうか。洗面所で花瓶に水を汲みながら、僕は疑問を抱く。
 病室に戻り、かける言葉の見つからないまま花を飾っていると、ルリが「ミサキなら分かってくれるよね」と重い口を開いてくれた。
 彼女は1年前から学校の教師と恋愛関係にあったという。本気だと言っていたが、相手の教師は隠れて別に男性と交際していた。彼と結婚するから別れて欲しい、そう言われたのだそうだ。
「ちょっと待って。相手の人が男性と結婚するって……」
「あたし、やっぱり女の人が好きみたい」
 遺書にも伏せてきた彼女の告白が、僕の耳へクリアに届いた。
 ルリは死にたいと思いつめる程好きだったのに、彼女の相手は簡単に世間の物差しを選んだのだ。
「うまくいくと思ったのに、幸せになれそうにないね」
「ごめん」
「なんで、ミサキが謝るの?」
 僕は、女が嫌いだ。
 物心ついた時からスカートを履くことも苦痛だったし、女らしく育っていく身体も脱ぎ捨てたくなるほど気持ちが悪かった。髪も短くした。なのに初潮が来て、やはり僕も死にたくなったことがある。言葉にしがたい悩みを、ルリは親身になって聞いてくれた。
 けれど、いつかルリも社会のルールにはまって、理解不能な言葉でメスとして生きられない僕に嫌悪するだろう。そう思っていたから、彼女との距離を置いたのだ。
 気が付くと、僕の頬を涙がとめどなく濡らしていた。
 女々しいからと忌み嫌っていた、弱い自分を隠し切れずに。  
 僕はこんなにもルリを失いたくないのに、女にはなれない。
 ルリは包帯の巻かれた手で、涙を拭おうと手を伸ばす。
「□□□□□」
 声も立てず動いたルリの唇は、僕に触れられないまま乾燥していた。 
 

 あの日の空白は、僕たちを大切に今も結んでいた。恋でなくても、人は優しい気持ちで繋がれる。社会にわざわざカテゴライズされなくても、こうして存在できる。
「鶏は卵を産むために生まれてきたんじゃない」
 ああ、生きている。
 この四畳半サイズの星空なら、鶏も天へ羽ばたく夢を見られる気がした。
 回り続ける星座を二人で指さしていく。ルリのほっそりしたうなじが、緩く結わえた髪の間から見える。ゆっくり呼吸に合わせ、毛布の下の小柄な身体が動くと、ひどく安心する。
「■■。■■、■■■■■■、■■■■■■■」
 音楽番組が変わり、識者がしたり顔で説くTVのニュースを、ためらいもなく僕はリモコンで消した。


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