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飛鳥かおりさん

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歴史の柱

18/09/24 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 飛鳥かおり 閲覧数:418

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「この“ぼく”って、秀ちゃんのことね」
 結婚してから初めて帰省したときのこと。実家の居間の一番大きな柱に、たくさんの短い横棒と一緒に書かれた文字を指さして、妻の郁恵が言った。
「当たり前だけど、秀ちゃんもこんなに小さかったんだなあ」
「そりゃそうだよ、小学生のときだし」
 背丈を測ってつけた横線の印は、いまの俺の身長の三分の二ほどしかない。成長の軌跡を追うように、何度も何度も測った形跡がある。
「この“ずっとうえ パパ ママ”っていうのが可愛い。この秀ちゃんの少し下にある“ゆうと”は悠人くんね。隣にある“●●りく”っていうのは……陸くん?」
「ああ、それはね……」



 俺には悠人と陸という三つ下と四つ下の弟がいる。歳の近い悠人と陸は、普段は仲が良い反面、喧嘩することも多く、それをなだめるのが俺の役回りだった。
 俺は小学校に上がったくらいから、「朝起きてすぐの身長が一番高い」というテレビで見た言葉を信じて、毎月一日に早起きして、ティッシュの箱で自分の頭の位置を測り、居間の柱に印つけていた。ついでに「ぼくも! ぼくも!」と騒ぐ悠人と陸の分も測ってやった。俺が真ん中、悠人は右側、陸は左側に。そうやって柱の印は三本ずつ追加されていった。

 あれは俺が八歳のときである。当時、悠人と陸は同じ幼稚園に通っていた。
 その日帰宅すると、悠人が居間でむすっとしてテレビを見ていた。「あれ、母さんは?」「かいもの行った」
 いつもなら陸と一緒におやつを食べたり遊んだりしているか、もしくは喧嘩しているかなのだが、今日はその片割れの姿が見当たらない。
「陸は?」
 悠人は「しらない、陸なんか」と言いながら、ぷいと顔を背け、チャンネルを変えた。
「は? おい、陸は?」
 俺は悠人からリモコンを奪ってテレビを消し、問い詰めた。悠人は最初ぎゅっと口を結んでいたが、俺の形相に耐えかねたのか、ぽつぽつと事の顛末を話しだした。
 きっかけは些細なことで始まった口喧嘩。そのなかで、最近少し口が達者になってきた陸は、悠人のことを「ぼくよりチビのくせに」と罵ったのだという。頭にきた悠人は柱に書いてある”りく”という名前の上に”バカ”と赤マジックで上書きしたのだ。それを見た陸は、「悠人のばかぁ」と叫びながら、家を飛び出してしまった。
 ここ半年ほど陸の背が急激に伸びて、今月の頭には悠人の身長を抜いていた。それを悠人が気にしていたことも、陸が毎月身長を印つけるのを楽しみにしていることも、俺は知っていた。
 兄ちゃんだろ、と言い聞かせるには悠人もまだ幼かった。俺に話しながら、心配と後悔でどんどん表情の曇っていく悠人を見ていたら、これ以上傷つけることもできなかった。
「俺、探してくるから、悠人は絶対に家から出るなよ」
 俺は背負ったままだったランドセルを床に投げ捨て、ぼくも行く、と泣きだしそうな顔をして縋る悠人を「俺がいない間に陸が帰ってくるかもしれないから留守は頼んだぞ」と鼓舞して、家を出た。四歳児とはいえ、陸がいなくなってから一時間以上経っている。走って、走って、手当たり次第に探した。
 陸を見つけたのは、それから十分後のことだった。家から少し離れた川のほとりで、小さな背中を丸めて震えていた。
「陸」
「秀ぢゃあああん」
 陸は俺の声を聞いた途端振り向いて、泣きながら駆けてきた。「ぼぐ、悠人にひどいごと、言っぢゃっだあああ」
 幼い心にどれほどの不安や後悔を抱えてここで蹲っていたのだろう。陸は俺の姿を見て気が緩んだのか、栓が抜けたようにわんわん泣いた。
「帰ろう」
 俺は陸の手を包むようにしっかりと握り、夕焼けの灯す道を二人並んで歩いた。家のドアと開けると、悠人が玄関に体育座りしていた。
「陸……ごめん」「ぼくも、ごめんなさい」
 両脇に二人の肩をそれぞれ抱いて居間に入ると、柱の赤い文字は黒く塗りつぶされていた。「陸、あれ……ごめん」悠人が言いにくそうに柱を指さす。俺は「また書けばいいさ」と言って、悠人の背中を叩いた。
「あ、ぼく、書けるよ! 悠人と練習したもん」
 陸は俺の腕を離れ、どたどたとペンを取ってくると、悠人が塗りつぶした黒丸の隣に覚えたての平仮名で”りく”と書き加えた。「ほら見て」と自慢げに言う陸のあどけない笑顔に、白い歯が光った。



「そっかあ、この柱には、家族の歴史が刻まれてるのねぇ」
 少しずつ上ってきた印は、いつの日から測らなくなったのか、途中で途絶えている。郁恵は興味深そうにじっと眺めてから、「そうだ!」と言って、俺にティッシュの箱とペンを渡してきた。
「ねえ、私のも測ってよ」
 きらきらした目で俺を見る郁恵につられ、再び身長の印をつける。隣に「いくえ」と書き込む。
 ついでに自分の分も測って、家族の歴史の印をまたひとつ、加えた。


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