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紫聖羅さん

濾過しても、フィルターを通り抜けられない、そんなものです。 2000文字以内に収めることに苦労します。

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みえるもの

18/09/24 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 紫聖羅 閲覧数:67

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−−−−聞こえない、聞こえない。
私は聞こえない言葉の出どころを探した。ふと目が合って、急に、冷たい視線を向けられ、すぐそらされた。
聞こえなくても、分かる。その口たちが、何を囁きあっているのか。
四つか五つの口たちは、その端に気味の悪い笑みを残しながら、バラバラと教室を出て行った。
ただぼうっと、黒い線の跡で汚れている机に目を落とす。
その天板の上に、今度は小さくため息を落とした。
『気味の悪い』そう思っているのに、私の口はそれを主張できない。
目に見えない言葉は痛い。見えないのに、みえるのだ。
わざと聞こえたり、はたまたわざと聞こえなかったりする。
私は学校にいるとき、この休み時間が、何より嫌いだ。

「別に、聴きたくないのだろう?」
縁側に座りながら、珠樹のおじさんは言う。
「聴きたくないなら、聞こえないままでいい。みえても、みなくていい。そんなもの、価値はないから」
下校中、石塀から庭を覗くと、縁側に座る珠樹のおじさんが見えた。彼は私に気付くと気だるげに挙げた手を振った。
「また来たのだね」
覇気のない笑顔に出迎えられ、嬉しいのか迷惑なのか分からない。でも私はこの家が好きだ。
おじさんと言っても歳は二十代後半だと思う。私の母の、歳の離れた弟だ。
「柚子はとても繊細で、だからきっと、受け流せないことが多いのだろうね」
「繊細は、弱いってことでしょう? よく、それで怒られるよ」
「柚子は我慢強い。強かなんだよ。決して弱くない。それに、繊細な人は、人の心の変化によく気付く。きっと、誰かの心に寄り添ってあげられる」
おじさんはいつも、私の嫌いなところを褒めてくれる。素晴らしいことだよ、と笑うおじさんの顔にはやはり覇気がなく、どこか儚げだった。そういう押し付けのない包容感が、私は好きなのだと思う。
石塀の方に目をやると、薄い灰色と穏やかな紺色の混ざった空が見える。石塀から頭を出した紅葉の木が空を遮っている。薄い緑の葉に、ちらほら黄色の葉が混ざっていた。ゆっくりと開花の足音が聞こえるようだ。
ふとおじさんに目を移すと、細身の長袖シャツからはみ出た長い腕が、やけに貧弱に見えた。
「ん? どうかした?」
私の視線に気づいて不思議そうに見返してくる。
「おじさん、痩せた?」
「おお、分かる? ダイエットしてるから」
「必要ないでしょ。細すぎるよ」
「不健康なロックミュージシャンみたいになりたいのだよ」
「似合わなっ」
無邪気な子供のような表情。おじさんにしては珍しい顔だ。
縁側の側では、主張の少ない素朴な花が色とりどり、咲いている。
「多年草が好みでね」
私の視線の先をおじさんも追った。
「多年草?」
「それほど世話をしなくても、勝手に咲くのだよ。強かだよね」

おじさんとの会話はこれが最期になった。私は高校受験で忙しくなり、おじさんのところにはなかなか行けなくなってしまった。
紅葉も枯れ、冬を越した次の春、おじさんが癌で死んだ。
私はおじさんの遺影を食い入るように見つめていた。
ダメだ、ダメだ、ダメだダメだダメだ−−−−。
聴こえない。
それに、
「みえない、みえないよ!」
涙で遺影さえ見えなくなった。頬が熱かった。涙に熱があるようだった。
違う、今は違う。聴きたいの、みたいの。おじさんの言葉。教えてよ。
「どうして、みえないの……」
何かの罰のように感じた。本当は私がちっとも強かではないから。だから、やっぱり私には、私にみえる、目に見えない言葉は、痛いだけなんだ。
葬式の後、『栞』と名乗る若い女性に声をかけられた。落ち着いた雰囲気のある人で、おじさんの恋人だと言った。
見せたいものがあるからと、おじさんの家に連れられた。
おじさんの体温が消えた縁側の下には相変わらずの多年草。しかしそこに、やけに華やかな花が増えていた。オレンジ色の、可愛い花。
「珠樹がね、柚子に見せるんだーって、嬉しそうに育ててたの」
「なんて、花ですか……?」
「ガーベラ」
ガーベラ。ぽつりと呟く。
「花言葉、聴きたい?」
「花言葉……」
さっきから機械的におうむ返しをする私に、栞さんは教えてくれた。
「前へ進め」
「そしてオレンジのガーベラは、我慢強さ。きっと、貴方のことね」
花も、栞さんの顔も、もう歪んで見えなかった。けれど、みえていた。

見えない言葉は、残酷で痛いだけだと思っていた。こんなにも、優しい、見えない言葉があったことを、初めて知った。今はみえる。おじさんの言葉。優しい気持ち。
私は、前へ進むのだ。


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