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時津橋士さん

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キ〇ガイアパート

18/09/24 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 時津橋士 閲覧数:94

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 なぜ私達家族が引越しをせねばならなくなったのか、父も母もそれを語ろうとはしなかったが、私には察しがついている。きっと近隣の住人達とのトラブルであったのだろう。実際、以前の家では私達家族への嫌がらせが続いていた。真夜中に玄関のチャイムが鳴らされたり、家の壁に落書きがされたり。ある時は猫の死骸がポストに入れられていた。その時、私は丸一日をポストの洗浄に充てねばならなかった。父も母も、それが原因で引越しに至ったとは、少しも言わなかったが、私には分かっていた。アパートに越してきたその日、父がひっそりと
「ここで新しい生活が始まるんだ。頑張ろうな」
と言ったのを覚えている。私もその時はこれから始まる生活を思い、期待に胸を膨らませていた。しかし、その期待は裏切られた。
 越してきて一週間が経とうかという頃、異変は起きた。玄関の扉に、不気味なチラシが貼られるようになったのだ。その枚数は日に日に増えていった。それはいずれも、神がどうとか、教えがどうとか言ったもので一様にオカルトチックな雰囲気を醸し出していた。不思議なことに、それが貼られているのはこのアパートの中で私たちの部屋だけであった。実は父も母も知らないようであるが、私はこの怪事件の犯人を知っている。向かいの部屋の住人なのだ。いつだったか、真夜中に私は玄関から聞こえる不審な物音で目を覚ましたことがあった。勇気を出して戸を開けると、全身に白の衣を身に着けた人物が、まさにチラシを貼ろうとしていた。不意のことに驚いたのであろう、その人物はわき目も降らず、向かいの部屋へ飛び込み、それっきり出てくることは無かった。私はなんとかその人物を引きずり出そうとしたが、駄目であった。
 今になって思えば、それからだ。私達家族への執拗な嫌がらせが増えたのは。玄関にはチラシに加えて、落書きまでもがなされるようになった。それも決まって赤と青の二色のクレヨンで描かれ、線の具合を見るに幼い子供の描いたもののように思えた。とうとう子供までが私たち家族に嫌がらせを始めたのかと落胆したのを覚えている。クレヨンはなかなか落ちず、私はバケツと雑巾で懸命に労働せざるを得なかった。そんなことがあって以来、私は朝、家族の誰よりも早く起き、玄関戸の掃除をすることにした。父と母の精神的苦痛を少しでも和らげたかったのだ。それに、私がどんなに扉を綺麗にしても、翌日の朝早くにはすっかり元の通りに汚い紙がベタベタと貼られ、歪なクレヨンの絵がいくつも完成していた。そのころになると、父が会社に出かけるのを、私が掃除をしながら見送るのが日常になっていた。私は毎朝、父に、行ってらっしゃい、と声をかけるのを忘れなかった。そうすることで日に日に疲弊の色が濃くなっている父に元気を出して貰いたかったし、何より家族の結束を強めておきたかったのである。このところは母もすっかり弱ってしまい、日中も家で寝ていることが多くなっていた。私は誓った。何の罪もない我々家族に嫌がらせを続けるアパートの住人には決して負けないと。彼らは揃いも揃って皆キ〇ガイに違いない。そうでなければ、どうしてこんな非人道的なことができるのであろうか。
 アパートに越してきて、ちょうど一か月になった。私はいつものように日の出る前に寝床から起き上がった。部屋の電気をつけ、驚いた! 部屋中に赤と青のクレヨンで落書きがされている。きっと夜中に子供が部屋に侵入したのだ。私は怒りのあまり、壁を力一杯殴りつけた。なぜだ! 私達が何をした! すぐさま雑巾で汚い絵を消しにかかった。ノックの音がする。どうした、と声が聞こえる。父だ。私は平静を装い、なんでもない、と答えた。これ以上家族を不安にさせることはできない。次の瞬間、チャイムが鳴り響いた。玄関に走った。玄関戸を勢いよく殴りつけ、外にいるであろう白い衣の人物に怒鳴り声をぶつけた。
「なぜ俺たちに執着する! ただ家族三人で暮らしたいだけなのに! このキ〇ガイめ! 失せろ!」
「おい」
肩を掴まれた。振り向くと、父親が立っていた。口角は上がっているが表情が無い。彼は力強く私の両肩を掴んだ。ひどく痛い。
「お前が見ているもの、俺も見ていると思うな。お前が聞いているもの、俺も聞いていると思うな。アッハハハハハハ。アハ、アハハハ」
壊れたような父の笑い声で気が付いた。チャイムの音が止んでいる。玄関から外に出る。チラシは、貼っていない! クレヨンの絵も! 嗚呼、違う!違う違う! 私はその事実を決して認めるわけにはいかなかった。私は笑い続けている父のもとに戻り、その顔をしたたかに殴った。何度も何度も。違う! おかしいのは! お前らだ!

 気が付くと血まみれの父が動かなくなっていた。リビングに目をやると、お母さんが写真の中で笑っていた。


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