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R・ヒラサワさん

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あなろぐ

18/09/24 コンテスト(テーマ):第161回 時空モノガタリ文学賞 【 伝言 】 コメント:0件 R・ヒラサワ 閲覧数:114

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「ヤマキ商店です。いつものパック、昨日の二倍で」
 エースフード最大の取引先である『ヤマキ商店』は、こだわりの商品作りで抜群の集客力を持ち、自社製や仕入れ商品全てを完売させる事で有名だった。その為、いつも製造開始の直前に注文が入る。今日はシンプルな注文だったが、駅近の店舗は販売数が倍になる事も珍しくはなかった。
 カナコが勤めるエースフードは、食用の素材をすり潰した『調理用ペースト』を製造・販売している。ヤマキ商店へはペーストをさらに加工した商品をパック詰めで卸していた。
 注文は電話が主で、時間外は留守番電話に録音される。数件はファックスだが、メール注文は受けていなかった。
「『あなろぐ』なんだよねえ、この会社は。どうしてちゃんと担当者を決めて、もっと確実で効率のいい方法をとらないんだろう」
 多い時は二十件近くなる伝言を全て書き起こす。カナコは出来上がった予定表を工場長に手渡し自分の持ち場についた。
 この会社は従業員が十名ほどで、一人が複数作業をこなす。ルールはあるが担当者や基準が曖昧で、それがカナコにとっての大きなストレスだった。
「担当ですか? まあ、やれる人がやってお互い助け合うって形で……」
 先代の息子である二代目社長の対応は、まさに『のれんに腕押し』だった。社長の交代と共に、工場長を除く従業員は全て入れ替わった。
 カナコは他にも色々な不満があった。不愛想で職人気質の工場長に、自己中心的な営業の先輩スズキ、怠慢な後輩のカジワラと、名前を挙げればきりが無い。
 作業開始からしばらくして、カナコは工場長に呼ばれた。
「ベース粉が今日の分、もう切れるぜ」
 ベース粉とは調理用ペーストの主材で、全体量に対し三割必要だった。
「ウソ? それならあと一ケースあるはずよ」
 ベース粉は二ケースあり、右側に使用中、左側に新品を置くルールだが、一つは空で後は二割程度しか残っていなかった。
「どうしてこうなっちゃうのよ!」
「どうする? 粉さえありゃいくらでも作るけどよ」
「私が取りに行くわ! 二時間後に戻れば間に合うわよね!」
「二時間後って十時じゃねえか。それはちょっと……」
「さっき、粉さえあればって言ったじゃない!」
「わかったよ。絶対時間厳守だぞ! でも間に合うのか? 往復だけで二時間ぐらいかかるぜ。粉だって向こうが用意してなきゃ……」
「とにかく出発するわ!」
 社長は助け合いと言うが、他の者などあてに出来ない。結局こんな風にカナコが動く事が多かった。ハンズフリーで製造元のダイワ製粉に電話しながら営業車を発車させた。
「もしもし。エースフードです。あら、主任さん? いつものベース粉、急いで用意して欲しいの」
「急いでって言われても、今日の配達便は終わったんでお届けは明日になりますが」
「取りに行くわ、今すぐ」
「でも、調合の時間があるんで……」
「三十分でお願い。もうそっちに向かってるの」
「わ、わかりました。もう、強引だなあ」
 ダイワ製粉に着くと、主任が荷物を積んだ台車を押してやって来た。
「カナコさん、これですよ」
「え? こんな小さな袋じゃないわよ」
「いいんですよ。今日は小分けして袋を軽くしてくれって、工場長から」
 荷物を積み終えると直ぐに車を発車させた。時間が無い。時計は既に九時を過ぎている。
 そんな時、営業の鈴木からメールが来た。よく見ると地図の画像が添付されていて、彼が使っている抜け道だと書いてある。カナコはその地図に従い車を走らせた。
 普段より五分程度早く会社に着いた。ベース粉を台車に乗せ厨房に入ると、工場長がすぐに声をかけてきた。
「ヤマキ社長から電話があってな。今朝の注文は電話をかけ間違えたそうだ」
「えっ、ウソでしょ!」
 いつも完璧なヤマキ社長がそんなミスをするなんて……。
 工場の奥には後輩の梶原が居た。怠慢で雑用は平気で先輩にやらせようとするヤツだ。
「ああ、カナコさん。一応、洗い物全部やっておきました。他のカナコさんの仕事もみんなで手分けして。だって急ぎの用だったんでしょう?」
「へえ、やってくれたんだあ……」
 工場長がカナコに近づき、口を開く。
「なあカナコ。何でもきっちり予定通りってのもいいけど、何かあった時には何て言うの、お前が嫌いな『あなろぐ』だっけ? それもいいんじゃない? あのヤマキ社長も伝言を入れ間違う事だってあるんだし」
「ま、まあそうね」
 結局カナコが抜けた穴は誰かがちゃんと埋めてくれていた。会社には最短時間で戻れるよう手配もされていた。きっちり何かを決めてしまっては、こうはいかなかったかもしれない。
 ヤマキ社長の伝言をもう一度再生してみる。
カナコは思った。『あなろぐ』も、ちょっといいのかもしれないと。


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