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若早称平さん

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正義のヒーロー

18/09/23 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:119

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 先週号がデスクに叩きつけられ、大きな音出した。にも関わらずその場の誰もが動じなかったのはその行動が能條の演出だと分かっていたからだ。
「先週でブルワーは死にました。そして今日生まれ変わります」
  そう宣言して能條は眼鏡をくいっとあげた。今日付けで週刊ブルワーの編集長に就任した能條には入社以来抱いていたある野心があった。
「かつてペンは剣よりも強しと言われていた出版界はいつからか『 権』に劣るようになってしまった。俺はこのブルワーからもう一度強い出版界を取り戻したい」
 能條の所信表明に拍手が起きる。能條は先程デスクに叩きつけた先週号のブルワーに目を落とした。表紙には大きな見出しで「大物政治家N、脱税手口の全て!」と書かれている。しかし実際内容は大物政治家の正体に迫ることは無いし、取材した手口の全てを載せている訳でもない。極度のことなかれ主義者だった前任の編集長は政治的な圧力や読者からのクレームを恐れ、雑誌内で実名が出されることはほとんどなかった。
 これからは違う。そう思いながら能條は編集者達の拍手に包まれながら先週号を握り潰していた。
「来週号からはたとえ相手が誰であろうと実名を晒していく!」

 能條が深夜二時を過ぎて帰宅すると、ちょうど長男の正和が部屋から出てくるところだった。高校生になった正和は家族の中で唯一能條が帰る時間まで起きている。
「ただいま。勉強してたのか?」
 能條が話しかけるが正和は血走った目で彼を見ただけでさっさと部屋に戻ってしまった。鍵をかける音が静寂に響いた。
 ため息混じりにリビングの灯りをつけ、酔い醒ましに冷蔵庫のペットボトルを一気に飲んだ。身投げのようにソファーに座り、ノートパソコンを起動する。
 来週号の目玉記事は能條自ら取材したとっておきのものだった。ブラック企業の実態に迫るもので、実名で晒される社名の中には日本経済に大きな影響を与えるものもあった。前任者ならば確実に伏せる名だった。
 ようやく始まる。能條はネクタイを緩めて天井を仰いだ。ペンの力で悪をくじき、世の中を良くする。そんな正義のヒーローが能條の小さい頃からの夢だった。家庭を顧みず、昼夜を問わず働き、ようやく自分の正義を貫ける立場にきた。
 体をひねり、家族が寝ているそれぞれの部屋を眺めた。これまで三流雑誌だとか下世話だとかハイエナだとか馬鹿にされ、肩身の狭い思いをさせてきた。これからは家族の誇りになるような父親になろう。そう思いながらパソコンの画面に向き直った。

 翌日、編集部は朝から騒然となった。ひと月ほど前から世間を騒がせていた連続猟奇殺人の犯人が逮捕されたのだ。しかも犯人はまだ未成年という。ブルワーでも以前特集したことがあり、その担当は能條だった。彼はすぐに顔なじみの警察関係者にアポイントを取り、捜査情報を聞き出す算段を取り付けた。最新号の目玉記事をこの旬な話題に差し替えようと思考を巡らせる。警察の会見に駆り出している部下に電話をしようとスマホを手に取ると画面が妻からの不在着信で埋め尽くされていた。
 この忙しい時になんだ? 顔をしかめているとまた着信がきた。電話口の妻は号泣しながら言葉にならない声を発し続けた。何を聞いても要領を得ない妻にイライラしていた能條だが、途切れ途切れに聞き取れた単語に絶句し、全身の力が抜けていくのを感じた。
「正和、犯人、警察、逮捕、殺人」妻の言葉は長男が今回の連続猟奇殺人の犯人であると示していた。昨晩の正和の目つきが脳裏をよぎった。
 電話を切った直後、待っていたかのようにかかってきたのは警察からだった。息子さんのことで聞きたいことがあると呼び出され、ようやく解放されたのは日付が変わる少し前だった。ショックと疲労で倒れそうになる体を引きずるように帰宅し、泣き止まない妻に辟易する。
 昨日の丸写しのようにソファに座り天を仰いだ。様々な感情が、混沌が脳裏を支配し、そっと目を閉じた。その頬を伝うのが汗なのか涙なのか、能條にも分からない。
 胸ポケットでずっと鳴り続けていた携帯を力なく取り出し、惰性で通話ボタンを押した。
「あ、やっと繋がった。編集長、こんな時にあれですけど次号のゲラチェックお願いします」
 虚ろな顔でメールボックスを開いた能條は出来上がった記事に、持っていたスマホを落とした。
「ふざけるな! 何だこの記事は!」
 怒りに任せて怒鳴りつけた。飛び散った唾が画面を汚す。送られてきた記事には正和の実名と能條のことが克明に記されていた。
「編集長言いましたよね? 相手が誰であろうと実名いくって。まさか自分は例外だなんて言いませんよね?」
 スマホを握る手に力を込めすぎて画面にひびが入る。能條はその手から自らの正義が崩れる音を聞いた。


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