そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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少女A

18/09/23 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:1件 そらの珊瑚 閲覧数:76

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 小学5年生の頃、授業でローマ字というものを習った。アルファベットを覚え、それで日本語を表してみるといったもの。自分の名前をイニシャルで表すことも妙に新鮮だった。苗字と下の名前をひっくり返す法則も、外国人みたいではないか。K.R. T.E.  I.H.……みんなが自分の名前をイニシャルにして黒板に書いていく。
 私の名前は秋本朝子なので、A.A.だった。ひっくり返したかいもなくつまらない。そのことを休み時間に仲良しのヨシコちゃんに言うと
「えーそんなことないよ。ふたつ一緒に並べたらエへって笑ってる顔みたいで可愛い」と慰めてくれた。携帯電話もパソコンもなかった時代。A.A.と表記した文字を笑顔だと発想したとは、ヨシコちゃんこそ絵文字の第一発見者といえよう。
 ヨシコちゃんの苗字は『くずの』だったので、Y.K.だった。
「もしヨシコちゃんが将来Yの苗字に人と結婚したらY.Y.になるね」と私が言うと
「ワイワイ、かぁ。いいね。楽しいね。やまもととか、やまざきとか、世の中にはYの苗字の人はいっぱいいそうだし。じゃあ私はYの人と結婚するよ」と11歳にして婚活に向けて決意した。
 ヨシコちゃんは『くずの』という自分の苗字を嫌っていた。全国の『くずの』や『くずた』さんの多くは小学生の頃名前で嫌な思いをしたのではないかと察する。一部の男子はヨシコちゃんを『クズ』とからかった。そう呼ぶのはろくでもない野猿みたいな男子数人だったので「お前のほうこそ、クズじゃないか」と私たち女子は反論し、よくもめた。とうとう学級会でそのことが取り上げられ、担任の千葉先生からヨシコちゃんの苗字のくずのの「くず」は屑ではなく葛だと教えられた。葛は古来から日本に生息する有難い植物なのだ、と。
「給食のみつ豆に入ってる寒天の材料にもなってるんだぞ」と言う先生の言葉に、その一部男子たちは驚いたようだった。
みつ豆はたまにしか出ない貴重もので、それが出る日は朝から給食が楽しみなくらいだった。おかわりがあろうものなら、男子たちの激しい争奪戦は必至だった。おかわりできるのは、給食を全部食べた者からというルールがあった為、みつ豆のおかわり欲しさにがっつく者が続出した。まさにその一部男子たちはそんな者たちだったので、先生のその言葉は心に響くものだったに違いない。それからヨシコちゃんをクズよばわりする男子はいなくなった。
 名前をイニシャル化することになぜかはまった私は、クラスメイトのイニシャルをノートに書きだしてみては眺めた。要するに暇だった。中でもS.M.はビジュアル面でかっこよく感じ、かなりお気に入り度が高かった。数年後それは淫靡な香りただよう意味だと知って、大人の階段を一つ上ったような気になった。
 先生の名前をイニシャルにしてみて、私ははっとした。千葉先生の下の名は『わたる』だった。
「ねえ、ヨシコちゃん。W.C.って何だと思う?」ためしにヨシコちゃんに尋ねたら
「なんか見たことある。あっそうだ。トイレの事じゃない? うちのトイレのスリッパに書いてあるよ」と答えた。
 やっぱり。「ちば」はCHIBA。「わたる」はWATARU。W.C.。トイレと同じだなんて可哀そうな先生。先生は男だから結婚して姓を変わることは出来ない。(その頃の私はまだ婿養子という制度を知らなかった)先生はきっと過去に自分のイニシャルで、いじめられたことがあるにちがいない。そんな痛みを知る人間だからこそ、いじめは許さないという強くて優しい先生になったのだと推理し、私はしばし感動していた。
「――どうしたの、朝子ちゃん、朝子ちゃん!」
 私はヨシコちゃんの声で現実に呼び戻された。感動すると一人の世界に入ってしまう。その様子を他人にぼーっとしているとよく勘違いされた。
「ああ、ごめんね。実はね」私はその悲しくも壮絶な先生のイニシャルをヨシコちゃんに告げた。
「えっ? ちばはTIBAでしょ? W.T.でしょ」彼女の言葉は心なしか冷たかった。――W.C.の方が面白いのに。そんな私の心のつぶやきをヨシコちゃんは気づいただろうか。

 それでもW.C.をあきらめられない意地の悪い私は、その夜の食卓で叔母の千代に聞いた。
「千代ちゃんをイニシャルにしたらT?それともC?」
「どっちでもいいんじゃないの?」千代は答え「朝子はAだね。少女Aだ」とも付け加えた。
「少女A? それってどんな意味?」と私が聞くと千代は「さあ」と、とぼけた。
「変なこと言うな」と父は怒り母は目をそらした。私は直感的にいい意味ではないと思い千代を睨んだ。
 いかず後家となるのではという兄(父)の心配ははずれ、昭和最後の年に千代は嫁に行った。そして平成も終わろうとしている。私とヨシコちゃんはずっと同じままのイニシャルだが、それなりに愉しく生きている。


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このストーリーに関するコメント

18/09/24 そらの珊瑚

間違いがありましたので、訂正します。申し訳ありません。
上から9行目
Yの苗字に人と→Yの苗字の人と

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