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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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案山子たちの首

18/09/22 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:201

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 親族だけしかいないような村の中、叔父の田んぼだけが何体もの案山子に囲まれている。
 その案山子たちは、藁の胴体の上に人間の生首を据えていた。
 幼い頃はひどく恐ろしかった。
 案山子は風に揺られて、時折首の断面を曝した。藁との隙間に見えるそれは、干し葡萄のように粘着質に黒かった。首は皆何かを呟いているが、それを聞きとれる者はいない。
 案山子に怯えてすがり付いた幼い私に、村の誰かが「あんたには悪さをしないよ」と言った。生首に見えるのは自分だけかと疑っていた私は、その時初めて他の人にもあれが首に見えているのだと知った。彼らは暗黙の内に口を噤んでいたのだ。
 叔父だけが、あれらを藁でできた普通の案山子だと認識し、生首に睥睨されていることに気づかずに暮らしていた。

 叔父は尊大な人だった。他者を傷つけ尊厳を踏みにじることを何とも思わず、好きに振る舞い生きていた。
『俺ぁ図太く長く生きるって決めてんだ』
 そう笑って吐く酒臭い息も、成長する私の身体を見てくる粘っこい視線も嫌いだった。
 それでも、たまに叔父の家を訪ねることもあった。
「ねぇ、叔母さん」
 繊細で優しい叔母のことが私は好きだった。線の細い叔母はびくりと顔を上げる。
「……逃げるなら、手伝うからね」
 私の言葉に叔母は顔色を変えて手首の痣を隠した。……そこを隠しても意味がないのに。殴られて出来た叔母の痣は顔にも及び、目の周りは青く腫れていた。
「何を話してんだぁ、二人とも」
 と、叔父がにやけた顔をぬっと突っ込んできた。――いないと思っていたのに。
「こいつはなぁ、逃げないぞ」
 隣で叔母が震えるのを見て下手を打ったことを察した。
「村の外でどんな女を抱こうとも足蹴にしても、文句どころかまともにしゃべれもしねぇ阿呆だ。……そのくせ、一丁前に逃げる算段はつけるようだが」
 叔母に慌てて退去を促され、後ろ髪を引かれる思いでその日は立ち去った。

 翌日、叔母を訪ねて再び叔父の家に行った。叔父はあくび混じりに、
「あー……いねぇな」と言った。
 ――その背後の存在に気づかずに。
 薄暗い家の中、目を赤黒く血走らせた叔母が座っていた。結っていたはずの髪をざんばらに乱し、その髪の隙間から爛々とした目で叔父を睨んでいる。……叔父は死んだものの気持ちになど、一生気づかないのだろう。
 ――叔母の最期を思う。
 大人しかった叔母は、決して何も出来ない人ではなかった。裁縫が得意で、たくさんの繕いものも苦としない根気のある……そういう女性だった。
 その日の内に叔父の田んぼには案山子がひとつ増えていた。叔母の生首を据えたその案山子は、他のどれよりも激しく唇を噛み、歯を食いしばっていた。目を憎しみに光らせながら叔母もまた何かを呟く。
「●●……●●●●……」
 私には聞き取れず、叔父にも届かない怨嗟の言葉たちは風の音に混じる。ごうごうと渦巻くそれを、けれど私はどこか安堵したような気持ちで聞いていた。ずっと吐き出せずにいた恨みを、ようやく外に出すことができたのだ――と。

 唇を噛み続ける案山子たちの口からは血が滴り続けていた。叔父の田んぼはその水分で湿されていく。もう何年分になるだろう、叔父の米を誰も食べようとはしなかった。収穫とその後の作業を億劫がる叔父をその時期は村から追い出し、私達は念入りに、丹念に――執拗なほどに米を分けて作業をしてきた。
 もうすぐだろうなぁ、と作業をしながら誰かが言った。皆が頷く。私も頷きながら、稲刈りの前夜のことを思い出していた。
 深夜のこと、強い風の音に混じって大きな声が聞こえた。呻き声の元に駆けつけると、案山子たちが激しく首を揺らしていた。
「●●●●●……ッ」
「●●ッ! ●●●●……ッ」
 案山子たちは首を振り回し、自らの血を稲穂に万遍なく浴びせてゆく。叔母の首はにたりと血にまみれた歯を晒し、その歯を西瓜の種の様に吹き飛ばした。倣うようにして他の首たちも一斉に血まみれの歯を飛ばす。
 初めて見る光景に息を飲む。穂に当たった歯は地面には落ちずにすべて稲穂の中に納まってゆく。
 案山子の首たちが嬉しそうに笑うのにつられ、いつしか私も笑っていた。
 彼らの悲願が実るのだ。

 首たちの血の染み込んだ米を食い続けてきた叔父は、茶碗に盛られた彼らの歯を「今年の米はうまい」と言って頬張った。私達はたくさん食べろ、とお代わりを差し出していく。

 叔父はその夜、泡を吹いて倒れた。数日の内にみるみる醜く痩せ、腐った血の色のような斑点が浮かぶ。体中が痛いとむしるようにさする所は小さな瘤がいくつも出来ていた。きっと歯が埋まっていたのだろう。酷く痛がり歯を食いしばって呻き続け、叔父の歯は全て抜け落ちた。
 血まみれの歯が散らばる床をもがき這い回り、冬になる前に絶命した。


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このストーリーに関するコメント

18/09/23 文月めぐ

拝読いたしました。
案山子たちの言葉、聞き取れないからこそ怖さがありました。

18/09/23 待井小雨

文月めぐ様

お読みいただきありがとうございます。
はじめ「●」ではなく 「○」で案山子たちに呟かせていたのですが、黒い方が怨みがこもってそうだな、と黒丸にしました。
何を呟いていたのかはご想像にお任せします……

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